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       鈴木マサホひとくち日記 
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2012年11月

                 


代表質問、そして衆議院選挙へ 
●11月30日(金)

   <今期2度目の代表質問>

 今日はKBS京都放送の中継のある本会議での代表質問の日。午前中は、自民から繁、寺田議員は野次も飛ぶことなく淡々と進むが、病気療養中だった山元議員は元気になったのはいいが、棘のある質問。きついね!時の政権を批判するのは構わんが、品性がない。怒り心頭だ!午後から、共産は倉田、北山議員が登壇。

 そして2時過ぎに民主を代表してぼくが今期2度目の登壇。それなりに緊張はするよ。

 冒頭、民主政権の評価について述べると予想通り、野次が飛ぶ。付き合ってはいられないので、淡々と本題の質問に入る。

 まずは、この間亡くなった障害者の福祉に努力されてきた修光学園の森昇先生、自立生活センターの長橋栄一さん、障害児教育に頑張られて永井實先生、視覚障害者の玉中修二さんのお名前を挙げて、障害者教育と福祉のことにテーマを絞って質問。

 項目だけをここでは列挙しておく。総合育成支援教育と就職状況と今後の課題、国の障害者福祉制度改善に対する評価、障害者の就労促進支援と雇用拡大対策、途中「白杖みたら声をかけて」のポスターを示して、歩くまち交通バリアフリー、構想の推進、烏丸線におけるホームドアの設置、精神障害施策について、ほほえみプランの見直しと今後の決意、市長の福祉にかける思いについて答弁を求めて、
 ほっとはあと製品の販売拡大、障害者優先調達推進法の取組、ノンステップバスの更なる導入、そして車イスが通りやすい道路環境の整備を要望した。時間がなくて早口で喋ったのがいつもながらの反省。ブザーがなった時にバッチリ終わった。市長の福祉への思いの答弁は及第点でした。

 その後、新人の片桐議員は2度目。地域コミュニティ活性化、ソーシャルビジネス、ごみ袋の有料化財源の使途について気負うことなく質疑をした。公明の吉田議員は、議場を沸かし、最後は津田議員でおしまい。選挙前で多少の野次は飛んだが、これにて休会。さあ選挙だ!さてさて、どんな結果になるかな?投票日翌日の17日から委員会が再開される。
ともあれ、代表質問が終わって、やれやれ、きつい日々だったが、これにて、ぼくも選挙に突入だ! 


●11月29日(木)

    <前原事務所 事務所開き>

 朝8時前、前原選挙事務所に。八大神社の宮司さんに来ていただいて必勝を祈願して神事。前原議員、愛里さんらに続いて、ぼくは議員団を代表して玉串を奉天。
 8時半からは、事務所開き。後援会のメンバーら100人を超える参加者のみなさんに、厳しい選挙戦になるだろうが、前原議員の7期目の当選に向けてぼくら議員団もがんばると挨拶。

    <本会議 衆議院選挙費用補正予算など可決> 

 10時から本会議。予算特別委員会委員長報告があり、衆議院選挙の費用にかかる補正予算をもちろん全員賛成の簡易評決で可決。職員と学校管理用務員の給与条例は共産反対。それから、2班に分かれて計画されている議員の海外行政視察については、京都党は退場したが、公明、共産も賛成して可決。自民と民主のメンバーでロードプライシングなどの交通政策、また再生エネルギーの視察に久しぶりの海外視察団の派遣が決まった。ぼくは行かないけれど。
延会宣告がなされて本会議は終わり。

 急いで山科に走り、ひかり屋に車を止めて前原山科事務所開き。乾杯も終わったところだったが、前原議員を囲んで山科後援会のメンバーで盛り上がっていた。

 関係者に挨拶して、早々にソロプチミスト葵のバザーに。カミサンが入会したのは5年程前かな?洋服や料理店の有名店がホテル内に店を出して盛況。ぼくは蕎麦とうな重を食して、カミサンに同行してもらいメンバーさんに挨拶。慌ただしく会場を後にする。

   <民主党京都府連と連合 総合選対>  

 午後は、民主党京都府連と連合京都の総合選対会議。政策協定書が結ばれて会議が始まっているとき、安住民主党幹事長代行が激励に立ち寄られる。小柄な人なんや。厳しい選挙だけれど頑張りましょうとエール。ぼくは2区の選挙準備状況などについて報告。正直、1区から6区までの小選挙区で、勝利は厳しい選挙区もあるが、なんとしてもがんばらんと。締めはガンバローコール
 2区は、わが前原、自民の上中、共産の原、またどういうわけか、社民の佐藤の4人の候補者がすでに名乗りを上げているが、未来のなんとかからも立候補者があるとか、ないとかの情報も。その後、2区の議員、6人が集まって今後の方針や日程を確認。

 夜は、事務所にこもって明日の本会議での代表質問の原稿の読み上げ原稿を作る作業。20分という持ち時間の中で、どこまで喋れるか、声を出して読んでみると、いつものぼくのパターンだが書き過ぎて、まったく時間内に収まりそうにない。えらいこっちゃ、と答弁をもらうところの文言を訂正をあまりすることなく、千字ほどバツバツに削除する作業。深夜12時を回っていた。


●11月28日(水)

 午前中、前原事務所に。引っ越しもほぼ目途がついて明日の事務所開きもなんとかなりそう。
 
 11時には議員団室に。大元講社は神楽岡墓地の管理のことで司法書士さんと保健福祉局の担当者と懇談。昔の共同墓地の登記の整理をするのはたいへんや。

 午後、議員会。元気者の中野洋一議員、大阪マラソンも4時間半で完走し、また出町柳前の街頭行動に来ていたが、ノロウイルスとかでダウン。

 1時半には、教育福祉委員会が開催されて、学校管理用務員の給与条例について各会派態度を表明。共産は反対したが、賛成多数で可決。また予算特別委員会が全議員が本会議に集まって開催。衆議院選挙の費用の補正予算は全員の賛成で可決された。

    <太田玉子さん 告別式>

 終わって直ぐに同志社の教授だった太田雅夫先生の奥さんの太田玉子さんの告別式に。時代祭で歩いているときにお友達と一緒に手を振っていただいたのが最後か、聞けば、神戸にお二人で遊びに行かれてお友達らと楽しく会食されてホテルで投宿されていたがお風呂で亡くなったとか。余りにも突然のご逝去で唖然とした。
 太田先生は、お別れの挨拶で、奥さんを新島譲の夫人であった八重さんに例えられて、その悲しみを語られた。心よりご冥福をお祈りいたします。

 夕方、引っ越しが終わり、事務所体制が出来上がった前原事務所で選対の企画会議。連合京都の細田会長も激を飛ばしに来てくれる。明日の事務所開きに次第など打ち合わせ。ぼくは今回、議員団の代表として進行役。責任重大だよ。

 夜は、京都高野川ライオンズクラブの例会。建築士の加藤正浩さんの入会式。会長としてぼくが開会ゴングを鳴らして、厳粛に宣誓書などを読み上げてもらって入会式を滞りなく終わりました。新入会員が増えたのは久しぶりのこと。小さなクラブだけれど、小さな絆で和気あいあいと運営できたらいいね。加藤さん、よろしくね。 


●11月27日(火)

10時から議員会。昨日、委員会で審議された京都市職員と学校管理用務員の給与条例の議案について審議されたことなど報告があり賛成することに。また清酒条例のことなど多少の論議。そう簡単には賛成になりそうにないな。また代表質問を巡ってぼくと片桐議員が説明して、多少の意見もあり文言の訂正など必要かな。

 また高野パチンコ店建設反対住民連絡協議会の代表者が「ホテルアバンシェル京都跡地へのパチンコ店新設計画の見直し及び解体についての近隣住民への十分な情報開示と説明を求める請願書」を代表者の方が持参されたので、紹介議員になり署名をする。12月19日(水)に予定されているまちづくり委員会にて審議されることになる、モニターテレビで傍聴できますよ。

 午後は、とある内職仕事をお願いに左京の福祉施設を訪問。

 前原事務所は、選挙委事務所として白川通に面したところの洒落た3階のビルに構えることになり引っ越し作業が後援会の関係者らによってテキパキと行われる。大きな城ですよ!

 夜は、事務所にて、わが鈴木マサホ後援会の役員さんに集まってもらって前原選挙の日程や応援体制、公営掲示板のポスター貼りの要員、個人演説会の開催、ビラまきのお願いなど、相談ごと。

 嘉田新党は、小沢グループと合流するとか、これまたびっくりや。それにしても市長や知事が国政政党を立ち上げるというのは、よっぽど地方自治体の首長職が暇なのかなあ、と思うよ。


●11月26日(月)

 小雨降る朝、7時半に、出町柳駅前に。すでに赤いジャンパーを来た前原後援会の左京のメンバーらが集まり、朝の街頭行動。前原議員と一区で立候補した黄色の服を着た祐野恵さんがマイクを交代でマイクを握って通勤客にアピール。叡山電車を降りる人に声をかけるが反応は鈍いなあ。

    <11月市会始まる>

 10時前には議員団室に。今日から11月市会定例会。本会議。冒頭、田中英之議員が、4区から衆議院選挙に立候補するというので、市会議員を辞職した旨、議長から報告があり、また会期を10月26日までとすることを決定。
 本来は、来月14日までの会期が、総選挙になり30日で一旦休会、開票日翌日の来月17日から再開し、年末の26日までとする変則的な日程になったのだ。

 それから市長から補正予算などの議案の概略の説明があり、星川副市長から、5億7000万円の補正予算、環境アセスメントに関する条例の一部改正や各種施設の指定管理者の指定等の35の議案が説明。今回の衆議院議員選挙に係る補正予算3億1000万円も。

 また自民党の議員が登壇して、清酒の普及の促進に関する条例の制定について提案説明。提案説明をした某議員は、お酒を飲めない人。伏見の酒造組合らの要請で、要はパーティなので清酒で乾杯をしようと、いうこと。条例までつくる必要があるのか、とぼくも疑問に思うが、さてどんな決着を迎えるのか、お楽しみに。

 本会議は、20分ほどで延会宣言。終了後、10分ほど後に、予算特別委員会小委員会が開催されて、衆議院選挙を執行するための補正予算について審議が行われ、午後からは、経済総務と教育福祉委員会が開催されて、京都市の職員と学校管
理用務員の給与削減についての条例が審議された。これは人事院勧告に従い、組合も妥結したので提案されたのだ。

 委員会終了後、代表質問の原稿を仕上げて、夕方、議事係りの担当者に質問原稿を手渡すことができて、一安心。

 夜は前原事務所に立ち寄り、色々と調整。準備がイマイチ順調に進んでいないので、多少心配なところもあるねえ。
 
 それから木屋町三条の韓国料理の店「新羅」が店内を改装したのでお祝いに駆けつける。常連客がすでにええ気分でワイワイしてました。

 ニュースは、嘉田滋賀県知事が、「卒原発」を掲げて新党を作るというはたまた新党騒動。ちょっとびっくり!新党大乱立や!


●11月25日(日)

     <朝粥の会>

 毎月第4日曜日は、わが事務所の「朝粥の会」
 今朝のゲストスピーカーは、わが町内で我が家の前の八木信篤さん。某企業のエンジニアとして中国によく行かれていて、彼の眼から見た「中国の今」。尖閣問題から日中関係が最悪のこの頃、仕事で中国にいったときの色々な話。食事の仕方、道路の渡り方、田舎にある工場のトイレのこと、タクシーに乗った時の話。中国の地図を示しながら、様々な体験談を話された。

 午後は、代表質問の原稿書きを続行。

     <西陣会 50周年>

 そして夕方は、社会福祉法人西陣会の創立50周年記念会。現在は、京都福祉市民センターとして、障害者自立援助事業「ふらっと」、家庭療育援助事業「ビーポ」、障害者地域生活支援事業や児童館、配食サービス「きずな」などを運営しているが、かつては西陣市民センターという名前、西陣で働く青年たちの拠点施設だった。同志社の神学部の人らも多く支援していて、久しぶりに深田未来生先生と再会した。
 70年代半ば、西陣市民センターでキリストこと黒岩卓美らが開いていた塾をぼくも手伝っていたこともあって付き合いがある。今は亡き真下先生が館長の時代。その後、水谷洋一君らががんばって福祉の拠点として事業を充実させてきた。門川市長も駆けつけて50周年を祝った。久しぶりに会う中島淳君や浦辻君らと旧交を温める。 


●11月24日(土)
 
 午前中前原事務所に。午後に予定している前原選挙対策委員会のレジメ作成などの打ち合わせ。

 昼、二条城北の社会福祉会館で、経糸の会の運営委員会。来年6月にコンサートホールで予定している「ヒューマンふれあいコンサート」に出演してもらう中国人の歌手、李広宏を囲んで食事をしながら顔合わせ。ぼくが彼の歌を聴いたのは、5年前か。日本の唱歌など抒情歌を透き通った声で歌うのに心を打たれた。障がい者もともに楽しめるコンサートになるだろう。ぜひみなさん、来てね。

      <前原選挙 総合選挙対策委員会>

 それから都ホテルに。まずは2区選出の議員、北岡、島内、隠塚、中野、豊田、松下議員が集まり、前原選挙の進め方など打ち合わせ。
 それから前原後援会の主だった役員さんたちが100人ほど結集して前原7期目の当選に向けての総合選対。逆風下だけれど、なんとしてもがんばろう!と気合い合わせ。
 その後、前原後援会総会が開催されて、前原議員からこの間大臣として組んできたこの間の民主党政権の成果やこれからの課題が話されて、締めはガンバロー。選挙戦モードのスタート。

 夜は、KBSホールで新日本プロレスを見に行きたかったが、前原事務所に立ち寄った後、事務所に戻って代表質問の原稿書き。質問要旨を提出するのが月曜日の夕方なのでそれまでにはともかく仕上げなければいけないので気が焦る。


●11月23日(金)

    <市場まつり>

 今日から3連休。小雨模様。岡崎公園から左京区役所と体育振興会などが主催する秋の左京ふれあいウォークを見送り、中央市場まつりに。
   
 中央市場は、ぼくが2度目の選挙に落ちた後、38歳で初当選を果たすまで4年間中央市場は塩干部のヤマヤスこと山本水産で働いていたわがホームグランド。当時は活気があったが、今では特に塩干部は閑古鳥が鳴いているという。
 数年前から鍋まつりが開催されて、多くの市民が色々な鍋を食べごった返す。中央市場のドン、今枝議員が大活躍。市場関係者に挨拶して、円山公園野外音楽堂に。


    <与論島復興イベント>


 元府会議員の岡沢敏子さんの娘さんらが中心となった与論島台風被害復興支援のチャリティコンサート。京都を離れて今では与論島で暮らしている岡沢敏子さんと再会!まあ元気そう。イベントは雨で観客の入りもイマイチだったが、与論の黒糖焼酎など買って復興支援。岡沢さん、これからもお元気でね。

    <パチンコ店 反対集会>

 それから左京区は高野公団住宅の広場でパチンコ店反対の住民集会。この8月に元ホリデーイン、現アバンシェルホテルのところにパチンコ店建設計画の看板が立ち、閑静な住宅地にパチンコ店反対の狼煙があがった。小雨模様だったが200人ほどの住民が集い反対集会。左京選出の議員も参加してそれぞれスピーチ。これからが始まり。

その後、前原事務所に立ち寄り選挙準備の打ち合わせ。夜は事務所で代表質問を打ち込む。 


●11月22日(木)

 朝、司法書士さんの事務所で大元講社が管理する神楽岡神葬墓地の登記のことで相談ごと。

 前原事務所に立ち寄り諸般の打ち合わせ。色々と準備が遅れているのでやきもき。

 昼過ぎ、下鴨神社での左京農産物共進会に。左京区の農家のみなさんが、大根とか白菜など自慢の農産物が展示されている。関係者に挨拶だけして市役所に出向いたが、表彰式の後、即売されるので買い物客が列を作っていた。大原で農業に頑張っている同志社総合政策科学研究科修了生の渡辺君の人参が展示されて表彰をされたことを彼のフェイスブックで、後日知ったが、ともかく目出度い。おめでとう!

    <代表質問に向けて準備>

 その後、議員団室で、代表質問の原稿作りのために、まずは教育委員会の総合育成支援課の担当者らと障害児教育の変遷や現状、白河総合支援学校やその後の生徒たちの進路のことなどについて懇談。意見を交わす。また歩くまち京都推進室のメンバーと旅客施設のエレベーター設置状況やトイレのことなど交通バリアフリーのことについて勉強会。
 夜は、保健福祉局は障害保健福祉の担当者らと串カツでビールを飲みながら障害福祉施策や京都市政の在り方について
わいわい。

 深酒することなく、早々にぼくだけ退出して事務所にてパソコンに向かい代表質問の原稿を打ち込む。今期2度目の代表質問になるが、障害福祉にかかわってこられて、この夏亡くなった自立生活センターの長橋栄一さんや修光学園の森昇理事長らを偲びながら、精神保健施策も含めて、障害保健福祉施策について質問することにした。突然の解散、前原選挙の準備もあり、厳しい日程。じっくり時間をかけて練り上げるつもりをしていたが、ちょっと焦るね。



朝の街頭演説    
     お知らせ

 ◎鈴木マサホ 11月30日(金)午後2時過ぎ 代表質問!
 
 11月市会が告示されました。11月30日(金)が代表質問の本会議です。
 午後2時過ぎから民主・都みらい議員団を代表して今期2度目の質問に立ちます。
 持ち時間は20分と短いのですが、
 民主党政権下の地方自治体における成果と課題
 総合支援教育、就労支援、交通バリアフリーなど「障がい者福祉」について質問します。
 ぜひネットやテレビ中継を見てください

 ◎民主党2区総支部政策フォーラム
   12月2日(日)午後5時―6時30分
   講演 前原誠司国家戦略大臣
  会場 みやこめっせ 参加費  無料


●11月21日(水)

    <朝の街頭行動>

 朝、7時半から東山五条の交差点での街頭演説。大谷本廟の紅葉が朝日に照らされて綺麗。前原議員は、この3年間の政権の成果やマニフェストで実現できなかったことを詫びつつ、9時まで1時間半、喋りづめ。長時間にわたる演説は、なかなかできることではないよ。前原後援会や東山選出の中野洋一議員の後援会のみなさんも赤いジャンパーを着て、9時まで応援でビラを撒いたりドライバーに手を振ったりで盛り上げる。

 事務所への来客は、某新聞記者さんら。2区の選挙情勢にウンチクを傾ける。小泉旋風が吹いた郵政選挙のときと同様の厳しさだと覚悟してるよ。
 また、交通局の担当者とホームドア、可動式柵の設置のこと、ワンストップバスの導入状況など、地下鉄と市バスのバリアフリーの状況について懇談。

 合間を見ながら、代表質問の原稿を書き始める。冒頭に、野次を承知で民主党政権の成果を述べて、本題のテーマを、総合支援教育と雇用、バリアフリーのまちづくりなど中心に障害者福祉に絞って質問をしようと考えている。資料を読みながらワードに打ち込む。

 夜は、過日の国際交流会館前庭での「ユイハート福祉まつり」の反省会。出店してくれた新洞学区にあるテンダーハウスのスタッフと福祉施設で作られる製品の販売や運営の苦労話を聞く。お茶会に来てくれた人は200人ぐらい。各施設の売り上げもまあまあだったようで、次年度にも開催しようね。石井岩吉さんはじめスタッフのみなさんご苦労さんでした。来ていただいたみなさんに感謝。


●11月20日(火)

     <11月市会定例会の議案勉強会>

 昨日11月市会定例会が告示されたので、10時から議員会を開いて、各局を順番に呼び込んで補正予算や議案についての勉強会を午後5時30分まで。
 補正予算は、①きめ細かに着実に推進する、災害から市民を守る施策として合計 2億200万円。内訳は、民間保育所への耐震アドバイザー派遣事業 400万円、夏の集中豪雨による災害復旧のための農林災害復旧事業 1300万円、河川浸水対策緊急事業 1億5400万円、土木災害復旧事業 3100万円。②子育て支援・高齢者福祉施策の充実に5800万円。内訳は、民間保育所整備助成 100万円、小規模保育事業等開設準備 800万円、介護基盤整備助成 4900万円。それから突如決まった衆議院議員選挙執行費に3億1000万円。
 その他、環境アセスメントに関する条例の一部改正や、醍醐センターや伏見の児童館など指定管理者の指定、国の地域主権改革による基準緩和による条例整備、伏見は神川出張所の移転、伏見は消防学校の跡の私有地が14億800万円で医療法人清水会に売却の提案もあり、さらに左京区では八瀬小学校の移転新築工事の契約議案など。
 それから毎年この時期には、人事院勧告により、京都市職員、教職員、学校職員の給与のことを決めるのだが、今年も減額する改定。辛いね。
 なお、衆議院選挙に伴い、当初は12月11日に最終本会議を行う予定が、12月3日から16日までは休会!17日に再開して、会期末の本会議は12月26日とすることが決定!たまらん日程やな。
夜は、修学院の前原事務所に行き、斉藤所長と今後の打ち合わせ。臨戦体制を整えないと。


●11月19日(月)

    <山科駅で前原議員、朝の街頭演説>

 衆議院が解散。12月16日が投票日に決まったので、早速2区総支部として朝の街頭行動を始めることになった。久しぶりの早起き。車を飛ばして山科駅前に。すでに前原議員の街頭での演説が始まっていた。
 駅前には山科の前原後援会の面々が集まり、豊田、松下議員らが、SPの横に立ち通勤客に対して挨拶。周辺には新聞記者も多数取材にきている。選挙本番直前のムード。前原議員は延々1時間半、政権を取って以降の成果を訴えるが、ビラを取る人も少なく反応が悪いなあ。駅のそばやで朝飯。

     <高野パチンコ店建設計画を巡って懇談>

 10時過ぎには、市役所へ。高野アバンシェルホテルに突如持ち上がったパチンコ店建設計画に対して周辺の高野公団住宅らの住民代表と左京区選出の市会議員、9人が全員揃い懇談会。
 住宅地にパチンコ店はいらない!と住民のみなさん。京都市のまちづくり条例や中高層の建物を建てる時の手続き、また風営法のこと、解体工事のことなど様々な手順があること、また請願を出すタイミングやその内容について初めての顔合わせで意見交換。
 ホテルは1月末まで営業をするようだが、さてそれまでに反対運動の狼煙が上がったのだ。

 午後は、総合支援学校の障害のある生徒の実習を受け入れ、また雇用をしている事業所人らと教育委員会の担当者と懇談。その後、代表質問のためのネタ集めを始める。

     <京都市交響楽団音楽家労組>

 夕方は、京都市交響楽団音楽家労組の第20回定期大会後の懇親会。京響は、3年前から京都市の直営から財団の運営に移管されたが、活発に演奏会も開催されお客さんも増えたようだ。清水信貴代表運営委員のもとに音楽家たちが集まり懇親の夕べ。わが飲み友達の間憲司前代表委員も顔を見せて久しぶりにワイワイ。自治労府本部参加の組合として結成から20年、京響の発展のために頑張ってくださいね。

     <ほろよいの夕べ>

 途中で抜けて、事務所に帰る。毎年ボジョレー・ヌーボ―でワインを楽しむ「ほろよいの夕べ」を酒谷宗男君らの協力で、女性限定、カミサンが主宰者となって始めて5年目か。
 今年のゲストは、たこ焼き屋「親指小指」の看板娘でジャズシンガーを目指している中尾雅美さん。ピアノを弾きながらジャズの名曲や全米ヒットチャートで2位を記録したという「竹田の子守歌」は聴かせたよ。某新聞社の女性記者や友人の女性映画監督山崎博子さんも来てくれたよ!雅美ちゃん、ありがとう!八木さんのパスタも美味しかった!


国会解散!  
●11月18日(日)

    <吉田山に桜を植えよう!>

 昨日の雨も上がって好天気。9時には吉田山参集殿前に。年に2回の「吉田山を美しくする会」と「吉田山の里山を再生する会」共催の清掃活動とこの夏前に間伐した木々をペレットにすべく亀岡へトラックに載せる作業など。左京区役所の「大学と地域の相互交流促進事業」支援対象事業にもなっていて、「吉田山に桜を植えよう!」と東ロータリークラブの応援もあり、吉田剣鉾保存会のメンバーらとぼくも作業を手伝う。今年植樹した桜も順調に育っているようだ。10年先が楽しみやね。

 11時過ぎには、新洞小学校グランドでの自主防災訓練に。終わりがけだったけれど、参加者は200人ほど。岡本消防分団長や松下校長先生らと錦林小学校との統合問題など経過を喋って、おいしい豚汁を頂戴した。長い歴史のある新洞小学校の廃校には地元のみなさんは格別の思いはあろうが、こどもたちの教育のための決断だったと思う。

 それから第四錦林小学校横の吉田自治会館前での女性会のバザーで沢井会長らとお喋り、左京区役所の移転、そして跡地を京都大学に活用してもらうことになったが、消防器具庫の出入り口をどう確保するかがこれからの課題。

    <修光まつり>

 昼には、修学院は紅葉で綺麗な赤山禅院近くの福祉施設「修光学園」に。第25回の「修光まつり」。焼きそばやカレーなどの模擬店と製品販売コーナーに吹奏楽団の演奏など。パンが売り切れていたのは残念でした。保護者会や地域やボランティアスタッフのお手伝いで行われている。玄関には、この夏、63歳で亡くなった前理事長の森昇さんの遺影があり、天国からみんなを温かく見守っておられるように思えましたよ。

    <歯のひろば>

 それから、「歯のひろば」に。今まではカナートで開催されていたが、今年は左京区役所での開催。左京歯科医師会と保健センターの主催で、カメラで歯の様子を見せてもらったり、同級生の歯科衛生士に歯みがき指導を受けていたら、前原大臣も来てびっくり、マメですよ。

 そして夕方は、吉田今宮会の直会(なおらい)。10月14日の神幸祭で神輿を担ぎ手や剣鉾や太鼓のメンバーが50人ほどが集っての大宴会。剣鉾を差した4人のキャピキャピの女子学生も参加してちょっと明るい雰囲気でした。途中で退席して、事務所に戻り真面目に代表質問のメモづくり。



●11月17日(土)

    <「北山ふれあいセンター」のまつり>

 雨の土曜日。下鴨は児童館、生活介護事業所、障害者就業生活支援センターなどがある地域福祉の拠点である「北山ふれあいセンター」のイベントに。各授産施設の製品の販売コーナーや作品の展示や楽器の演奏などステージに模擬店など多彩な催し。雨で来客数はちょっと少ないかな。老人デイサービスセンターのお風呂では、足湯のコーナがあり公明党の国本議員市会議員と一緒に高野のパチンコ店問題など喋りながら癒しのひととき。気持ちよかった!
 隣の焼肉「南山」では、創業祭ということでガレージで無農薬の野菜と短角牛の串焼きなど販売中。串焼き、美味かったで。

    <はあとの会のバザー>

 それから田中神社での障がい者のデイサービス「はあとの会」のバザーに。左京共同作業所として、わが第四錦林小学校のときの担任であった松葉弘先生が立ち上げられた。松葉先生は体調を崩しておられるのか、今年は来られなかったが、今の施設長も友人。雨で一般の参加者は少なかったが、山科から民謡グループがボランティアで踊りなど披露。バザーでは例によってウイスキーを安く手に入れて、焼きそばと豚汁で昼食。

     <野外保育センターでの「落ち葉まつり」>

 午後3時前には、紅葉が雨に煙る比叡山麓、八瀬は野外保育センターでの「落ち葉まつり」に。いつもは庭でやきいもをつくったりしているが、雨で室内の催しだけ。ホールで議長も挨拶に来ての式典、亡くなった役員さんの追悼のことばが述べられて、感謝状がライオンズクラブに手渡され、この秋に収穫を迎えた各園での「かぼちゃコンテスト」で大きなかぼちゃを作った保育園の表彰など。研修会もあったようで保育士さんたちが参加さてました。雨でちょっと残念でした。

     <田中直子展 & 萩村真帆展」オープニングパーティ」>

 夕方は、神楽岡のギャラリーでの「田中直子展 & 萩村真帆展」オープニングパーティ」に。直子さんは樹を描きファンが多い。韓国の踊りやBerryさんのベリーダンス、中田優氏のダラブッカというアラブ太鼓の演奏と、久しぶりに会う友人もいて楽しいひととき。会場の「アートゾーン神楽岡」の外観は2階建に見えるが、中に入れば吹き抜けもあり3階の立派なギャラリーにはびっくりした。

 夜は、さぼっていた日記の書き込み


●11月16日(金)

     <市会改革推進委員会>

 民主党近畿ブロック自治体議員研修会場の舞子ビラの朝、日の出の朝日が眩しくて目が覚める。海の朝は、気持ちがいいよ。視察が予定されていたが、市会改革推進委員会が開催される日なので、参加できず残念。明石大橋を眺めながら朝食を食べて、通勤客で混雑するJRは三ノ宮で新快速に乗り換えたら先の電車の故障で20分遅れで、京都駅に着く。

 10時からの市会改革推進委員会には10分ほど遅参。議会基本条例検討部会における検討結果について。すでに各会派から意見交換が始まっていました。議案説明資料のホームページでの掲載や委員会のネット中継の是非、議会報告会の開催、政策討論会の開催については、全会派一致できず、もう少し各会派で検討されることになるのかな。

 しかし、委員会の直接傍聴については、委員長から市会改革推進委員会で試行してみたいと提案されて、若い某議員が反対の意見を述べたのには、ちょっと残念。モニターテレビで傍聴できるようにはなっているが、委員会室が狭いことで直接傍聴は実施されなかったが、ぼくは大賛成。各常任委員会でもほぼ前向きに検討されることになりました。昼には散会。

 家に帰って喪服に着替えて市原の恵光寺に。中西正彦さんの告別式。市役所のOBで退職後、左京区の選挙管理委員もされていた。5年ほど前、倒れられて以来長い闘病生活を送られていたが、旅立たれました。心よりご冥福をお祈りいたします。

 帰途、前原事務所に立ち寄り、解散総選挙で12月16日に投票日が決定したこともあり、早速、前原後援会の九谷幹事長と、事務所開きのこと、選挙体制のこと、総決起集会のこと、演説会のことなどなど打ち合わせして後援会役員会に出て気合合わせ。

 夕方は、福祉施設わかば会の小谷理事長らと懇談。色々と問題はあるものの、ほぼ順調に運営ができており、今後の展開について夢をお聞きする。
 その後、某新聞社の若い記者とおでんをつつきながら選挙情勢などについて懇談。

     <ついに国会解散!>

 ニュースは、国会解散。いよいよ総選挙に。民主党からは離党者が出る。さっさと出たい奴は出たらええのだ!維新やみんなやなにやら色々な第三極の動きも訳がわからんようになってきた。
 15とも16ともいわれる政党?ができて、まるでプロレス業界やな。共産はともかく、新日本と全日本とノアが民主、自民、公明がメジャーだとすれば、ドラゴンゲートやみちのくや大阪プロレスなどは、小沢派や維新やみんなで、その他弱小政党は、多々あるインディーズのプロレス団体で、さて、どの団体が生き残るのか、見てのお楽しみ。


研修会など参加で忙しい日々     
●11月15日(木)

    <手づくり市と真如堂>

 8時過ぎに知恩寺の手作り市に。友人の主宰者の臼井さんらに挨拶をして注文していた手作りの帽子屋さんでハンチング帽を購入。寒い冬にぼくは帽子が必需品です。
 その後、紅葉が美しい真如堂に立ち寄って、鉦講(かねこう)をしている知人らに挨拶してお参り。朝からお酒を飲むわけには行かないので甘酒をいただいて市役所に。

    <議員研修会> 

 10時から本会議場で全議員が集って議員研修会。年に3回かな、学識経験者に色々な話をしてもらうのです。
 今回は大島仁市会事務局長が地球環境政策監のときに「環境モデル都市」に京都市が選定されたときの委員会のメンバーであった柏木孝夫東工大特命教授が、「地方自治体における今後のエネルギー政策について」講演。
 ぼくは民主党の全国自治体議員議員フォーラムでお話を聞いたことがあり、色々な裏話など氏の自由奔放な、時には脱線しそうなところもあり、もちろん異論は大いにあったが、原発問題も含めてエネルギー問題についてのお話を面白く聞かしてもらいました。

    <民主党自治体議員近畿ブロック研修会>

 昼前には、京都駅から新快速で兵庫は明石大橋の舞子ビラ神戸に。2時から民主党自治体議員フォーラム近畿ブロック研修会。掛水すみえ兵庫自治体議員団代表など兵庫県連にお世話になって以前から計画されてきたのだが、まさか明日16日に国会が解散になるとは、夢にも思わなかったよ!
 ぼくは、この近畿ブロックの代表世話人ということで冒頭に挨拶。しんどい状況だけれど正々堂々と民主党の自治体議員として誇りを持って選挙戦を闘おうと挨拶。
 講演の第一部は「二つの災害を通して防災教育を考える」と題して、県立舞子高校の環境防災科長の諏訪清二先生。阪神大震災を契機に、2002年に環境防災科がスタートしているが、英語の教員であった諏訪先生が科長になって、様々な防災教育に取り組まれてきた。そして昨年の東日本大震災以降、高校生がボランテイィアとして被災地を訪れて、避難所などでの経験したことなども語られ、防災教育の在り方について真っ向から提起。京都の高校教育では考えられないこと。その先取りの教育姿勢に敬服した。
 第2部は、元観光丁長官の溝畑宏さん、このおっさんは、松井孝治参議院議員の高校時代からの悪友だと噂を聞いていたが、ともかく面白い!京大教授だった親父さんとのことも含めて、そのオモロイ役所人生と大分県での活躍ぶり、そして観光立国としての日本の今後の在り方について、面白おかしくかつ真面目に左京区生まれの関西人の誇りをもって「観光行政について」喋らはりました。

 講演会の後、近畿の滋賀、京都、大阪、奈良、和歌山、兵庫の代表の世話人が集まり幹事会。来年参議院選挙が終わってから京都で研修会を開催することになりそう。
 懇親会では、崎元神戸市議の娘さんらの弦楽四重奏の「きらら」の演奏と各府県議員団の自己紹介と最後は衆議院選挙に出馬する神戸市議横畑議員の激励会。ホテルの温泉に入って英気を養い、テレビを見ていると、民主党からも離党者が出て、石原何某と橋元何某と渡辺何某とか河村何某とか、第三極勢力も国会議員諸兄はあわてふためいてはりますが、明石大橋の夜景を見ながら就寝。すべて夢うつつ。


●11月14日(水)

    <不登校セミナー打ち合わせ>

 午前中、京都駅前のホテルで「不登校支援センター」が12月8日に企画している「不登校解決セミナー」の打ち合わせ。この春に京都支部が発足したのだが、ぼくの「ひとくち日記」を読んで泉さんが訪ねてきたのは5月だったかな。セミナーを開催するということで相談に乗ってきた。理事長の瀬尾君も若い。京都では初めての開催。
 パトナの所長をされていた教育大学の桶谷守教授と原清冶佛教大学教育学部長のお二人の専門家がパネリスト。いちおう学校の教員やPTAのみなさんらが対象で、「前向きな不登校支援とはー予防と不登校児童の状態を知る」とサブタイトル。
ぼくは門外漢だが、喋ることになっています。参加ご希望のお方は、052-485-9421へ。予約制です。

    <池坊美佳さんにインタビュー>

 午後は、事務所にて、わが「左京ライフ」に登場してもらうべく来夏の参議院候補の池坊美佳さんにインタビュー。
 生い立ちや華道の世界のこと、学生時代のこと、東京の京都館館長時代のこと、好きな食べ物や趣味のこと。選挙と国政の舞台でしたいこと、そして左京のことなど1時間ほどフランクに喋ってもらう。面白いエピソード。彼女が通っていた高校は左京の哲学の道近くだが、その登校する坂が制服の色からゴキブリ坂と呼ばれていることを初めて聞いて大笑い。

    <予算要望を提出、16日に解散?> 

 3時過ぎに議員団室に。国会中継で野田総理と安倍総裁の党首討論の真っ最中。
 4時には、ぼくと隠塚、松下議員と3人で予算要望について市政記者室に。
 およそ30分、解散問題で記者室もざわついている雰囲気のなかで政策要望、重点要望、分野別の要望などをぼくが説明。事業仕分けのことも話題になったが、16日に解散が決まったようですよ、と記者から聞き、びっくり仰天。代表質問もしないかんし、この年末にえらいこっちゃ。

 午後5時からは、議員団のメンバー14人で市長第一応接室に。市長と3人の副市長と行財政局。総合企画局の局長らが座る中で今枝団長から予算要望書を提出。取りまとめの責任者として重点要望など主な項目について説明をする。政策制度要望が15件、予算要望が45件(うち重点要望が13件)、各行政区の要望が33件で合計93項目になった。13年度予算にしっかり反映させてちょうだいよ!

 夜は、年に一度の議員団と市長副市長、局長、両公営管理者らとの懇談会。たまにはワイワイと喋るのもいいよ。散会後、帰途ジャズが流れる四条木屋町下がるの「ろくでなし」へ10数年ぶりに行く。なつかしい店。
帰宅してテレビで、党首討論の
 
 模様や今後の選挙日程や第三極の右往左往ぶりを見入る。「16日に解散します」と凛々しく言い放った野田総理。されど厳しい選挙になりそうや。がんばるのみ。

  
●11月13日(火)

     <議員団で事業仕分>

 民主・都みらい議員団主催の第3回「事業仕分け」の日。9時前に会場のロイヤルホテルに。構想日本のスタッフや今回から参加してもらった市民判定人のみなさんと開会式。前回、ぼくはスーパーバイザーだったが今回は仕分け人。市民判定人の役割は、議論を聴いていて判定をすること。
 
 最初に「安心すまいづくり推進事業」について。担当者から説明があり質疑。この事業は十条烏丸の公団住宅にある店舗に「すまい体験館」もありセミナー開催や住宅の相談業務を行っているが、通行人も少なくロケーションがイマイチ。市民に知られていなくて入館者も少ない。ぼくは要改善を求めたが、仕分け人は再検討、市民判定人も再検討の判断。
 2番目には「京都市あんぜん住宅改善資金融資制度」について。各金融機関がリフォーム融資などもしているのでぼくは再検討、他の仕分け人は不要、市民判定人の判断は、市民ニーズを的確にとらえ直して利用しやすい制度になるように再検討。
 それから3つ目は、「高齢者マシン筋力トレーニング普及促進事業」について。健康づくり協会に委託して、油圧式マシン等を備えた「いきいき筋トレルーム」での中・高齢者の筋トレ事業が実施されているが、健康づくり協会の在り方についても議論になったが、仕分け人は要改善、市民判定人は、事業の対象とする市民と事業効果の検証をして、委託の在り方についても再検討の判断がなされた。いずれも市会での委員会での質疑とまた違う緊張感があり、答弁する課長もたいへんそうでしたよ。
 なお2班に分かれて午後も行われて、合計12事業について仕分けが行われたが、そのその他7事業の結果は以下の通り。伝統産業の日関連事業は再検討。小売商団体助成は再検討。「京都消防」発行委託については要改善。環境保全資金融資制度は不要。蛍光管拠点回収事業は要改善。ゴミ減量エコバスツアーは要改善。元離宮二条城の運営も要改善。路上喫煙禁止条例の推進も要改善。消費者啓発事業も要改善となった。詳しくは議員団のホームページをご覧ください。

    <障害のある市民の雇用フォーラム>

 午後、ぼくは「事業仕分け」を抜けて「障害のある市民の雇用フォーラムー一人一人の働きたいという願いを実現させるために」に参加。主催は、総合支援学校生徒の進路開拓をめざす「巣立ちのネットワーク」。
 支援学校卒業生で勤続5年した青年らに表彰状が授与され雇用企業には感謝状が贈呈。その後、在校生と教員が二人で支援学校における学習や就労に向けた実習の取り組み報告や卒業生の就労体験の発表も行われた。

 分科会では、元リクルート出身で障がい者の雇用対策で活躍されてきた秦政さんが「障がい者雇用の現状とその支援」と題して、この間の現状と雇用が企業にもたらす意味、仕事の作り方、また福祉だけでは障がい者を支えられなくなるであろう日本社会の今後の予測などを話された。その後参加者の自己紹介が行われ、企業の人、教育関係、相談機関の人などが意見交換。ぼくは市会の代表質問で障がい者福祉のことを取り上げますと宣言したよ。

 途中で退席して、事業仕分けの閉会式と構想日本や市民判定人との懇談会に戻って暫し懇談した後、泡盛同好会に。

   <泡盛同好会>

「古酒は寝て待て!輝く泡盛。京都泡盛同好会 京の錦秋の集い」は、ぼくが毎秋楽しみにしているイベントのひとつ。
 ゼスト御池の沖縄物産展の店主で事務局を担ってこられた松田明さんが亡くなり、昨年は開催されなかったが、今年は檀王法林寺の信ヶ原雅文済職が頑張られて再開された。会長は門川市長。
 ぼくが初めて沖縄に行ったのは二十歳の時。本島から与那国島まで行った。もちろん復帰前で渡航証明書を持っていった。あれから40年余、沖縄と泡盛が好きで毎年楽しみにしている。沖縄から酒造組合の面々や琉球新聞や沖縄タイムス、また関西の県人会や京都の沖縄ファンが集う。ゴトウゆうぞうさんの軽妙な司会でミス泡盛の女王による抽選やエイサー島唄で盛り上がり、泡盛を堪能して気分は最高! 


●11月12日(月)
 
 午前中、事務所で雑務。雑務とは、色々な行政資料を読んだり、郵便物を開封して、色々な催しの案内が来ているので手帳に書き込み、また返事を出したりで、それだけでも時間がかかる。
 来客は「日本いのちの花協会」代表の宮田さよこさん。ぼくと同世代で介護や高齢者福祉について色々と教えてもらっている。看護師の経験を活かして、1995年よりホスピスケアを含む専門看護・介護付きの有料老人ホーム「花の家」を開設。医療とケアに人間の尊厳をと、高齢者福祉の先頭を歩いてきた人。大阪で「ビハーラの会」などで頑張っているぼくの友人を紹介しようと思っている。
 午後は、岩澤有徑さんらと彼のお父さんの日本画家岩澤重夫さんの展覧会に向けてどうするか協議。再来年の秋を目指して準備にかかられることに。

    <宇治市長選挙に山本正府会議員が立候補>

 さて、京都の民主党にとっての大きなニュースは、宇治市長選挙に山本正府会議員が出馬するらしいということ。宇治市会議員として3期つとめた後、99年から宇治選挙区で府会議員に初当選。現在4期目か、府会議員団の代表幹事や府連の幹事長としてこの間活躍してきた同世代の。関西電力労組出身の議員。
 自民党の議員と共産党の候補者が久保田現市長の不出馬表明を受けてすでに立候補を予定しているが、さて、民主党の旗色が悪い時によう決断しはりました。投票日は12月9日。山井議員や宇治の市会議員団、さらに6区の議員が総力を挙げれば勝てるのではないかな。応援に行かなくっちゃ!

 夜は明日の議員団主催の「事業仕分け」で仕分け人になるので資料を読み。


●11月11日(日)

    <民主党2区総支部定期大会>

 雨の日曜日、午前中、ぼんやりテレビで将棋を見る。
 午後、ウエスティン都ホテルで民主党2区総支部の定期大会。先立って幹事会を開催して式次第や議案書の確認。
 
 大会は70人ほどの参加者。前原総支部長から挨拶は、冒頭に東京後援会の事務所費問題のことでその経費の使い道について、やましいことはないと説明。社会保障と税の一体改革など野田政権は大きな仕事を成し遂げ、「近いうち」とは年明けではうそつきになり、先送りすることなく、解散は早い方が良くて、そうでないと壊滅的になると見解を表明。
 またコンクリ―トから人へと成果を上げたこと、方向性が間違っていなかったこと、党内ガバナンスへの反省などおよそ20分ほど演説。
 以降、活動報告は幹事長としてぼくが、決算報告は豊田議員、監査報告もありそれぞれ満場一致で確認され、解散総選挙での前原議員と池坊美佳参議院候補の必勝に向けてがんばろうとする活動方針、また予算案も承認された。
 そののち時間があり、会場から意見が出されたが、最後に島内研君が必勝に向けてガンバローコール!円滑に終わり、ほっとしたよ。
 まあ解散は年末で、選挙は年明けかな?
 されど民主党への支持率がガタ減りで、第三極もなんやかんや動いているし、厳しい選挙になるのは覚悟しておこう。
 夜は久しぶりに我が家で鍋。鍋の季節になりましたなあ。


●11月10日(土)

    <ユイ・ハート福祉まつり>

 快晴の土曜日。南禅寺門前の京都市国際交流会館へ。NPO法人京彩都の石井岩吉さんらが中心となって準備を進めてこられたぼくも多少の手伝いをした「ユイ・ハート福祉まつり」の日。
 あおい苑、いきいきいわくら、いろり舎、修光学園、テンダーハウス、ゆりかもめ、よしだ学園、楽々堂など左京の福祉施設のブースが並び、手芸品やクッキーなど多彩な商品に七彩の風の野菜などが展示販売。
 舞台では色と健康について岩崎英和さんが講演をして、また「グルボ・カフェジーニョ」がブラジルのサンバの演奏、フルートやピアノの演奏に、御茶席も準備されて、障がい者も含めて200人ほどの参加者が三々五々来ていただいた。教育委員会、保健福祉局の担当者にも来てくれました。みなさん感謝です。

    <「いい歯の日週間」記念行事>

 途中2時間ほど、地下鉄で二条駅の歯科医師会口腔保健センターでの「いい歯の日週間」記念行事に多くの府市会議員とともに参加。80歳以上で20本の自前の歯がある人の表彰式や口腔ケア推進優良施設へ感謝状の贈呈、また川柳コンテスト優秀作品賞の発表など。<歯を抜いて 「し」が「す」となって「愛すてる」>が優秀作品でした。

    <同志社総政会 懇親会>

 夕方は、同志社大学の寒梅館での総合政策研究科の同窓会「総政会」の年一回の総会と懇親会。向かいの運動場だったところが烏丸キャンパスとして、立派な建物が完成していてびっくりしたよ。ぼくは4代目の会長だった。
 松田現会長ら役員さん、そして今里教授ら修了生が40人ほど集まりワインを飲みながら近況報告など。開講したのは1995年、阪神大震災とオウムサリン事件で騒然としていて、ぼくは3期目の当選を果たした春。経済学者の伊多波良雄先生が指導教員、しごかれました。修士論文「京都自治体論」を書いて98年に修了。後期博士課程にいつかチャレンジしたいな。1
 10時頃か2区大会の議案書について前原事務所の齊藤君と打ち合わせ。


●11月9日(金)

 朝、わが下大路町の町内の西村芳太郎さんの告別式。町内会長や氏子講社や自主防災会の役員として活躍されていたが、この秋のおまつりには参加されていなかった。入院されていたのは聞いていたが、突然の訃報に驚く。家族葬ということでしめやかに告別式が行われた。享年78歳。心よりご冥福をお祈りいたします。

 11時過ぎには、日本画家岩澤重夫さんのご子息、岩澤有徑さんらと美術館に。岩澤画伯は、大分県日田市出身で日本芸術院会員、文化功労者。2009年に逝去されたが、子息の有徑さんとは2年ほど前に出会い、京北町のアトリエにもお邪魔した。美術館での展覧会開催に向けての潮江館長らと懇談。美術展開催の内情をお聞きするが、色々とたいへんやなあ。

 昼食は、京都国際学園の金晃理事長と。以前から話をしたかった人。白川にあった韓国学園が東山区の本多山に移転するとき、地元住民の反対運動がおこり教育委員会との交渉にぼくも参加したり、教育委員会が外国人教育基本方針を策定するときに奔走したことなどぼくが喋り、金さんの日本での学生時代や韓国に行っていた時代、在日の社会のことなどおよそ2時間、生い立ちや学園のことなど大いに語り合う。これからも同時代を生きる同世代の友人として語り合えたらうれしいな。カムサハムニダ。

 その後、議員団室に立ち寄って、青木、松下議員と予算要望の最後の仕上げ。いちおうぼくが責任者として取りまとめてきたが、松下議員がようがんばってくれた。来週14日に議員団として市長に提出することになる。

 夜は、鴨沂高校同窓会事務局の金子さん宅にて上野民夫会長も参加して親睦のひととき。校舎の建て替え、運動場のこと、また月刊誌「エコノミスト」が鴨沂高校の卒業生のことを取材するとかでワイワイ。


●11月8日(木)

    <教育功労者表彰式>

 午前10時から京都市生涯学習センターにて教育功労者表彰式に正副議長と教育福祉委員会のメンバーが来賓で出席。平塚歯科医師会長ら33人、PTA連絡協議会など団体や学校20団体、また永年勤続の学校医や薬剤師ら13名、そして30年勤続の教育委員会や教職員ら347名のみなさんの表彰式。つい数年前までは、わが同世代の友人の教員が表彰されていたが、みんな退職した。されど何人かの知り合いの教員と挨拶。市長等の挨拶ののち、例によって記念写真。何度もフラッシュがたかれて目が痛い。

     <福祉施設を見学>

 午後は、人権擁護委員委員協議会の高齢者・障害者の人権委員会のメンバーとして市立病院の北側の京都市こころの健康増進センターの3階にある京都市朱雀工房の見学会に。京都光彩の会が、精神的な病のある人たちのために就労移行支援事業と就労継続支援B型事業を行っている。指導員の方から概略の説明を受けて、箱折りの作業を黙々とされている部屋で利用者からも作業の行程の説明。それから利用者とも懇談。
 ある人はサラリーマンとしてバリバリに仕事をしていたが、鬱になってここに通い始め、社会復帰を目指していることなどお聞きする。配食サービスなども利用者が行っているが、企業就労の困難さをも聞き、またグループホームなどの建設も時には、地元住民の反対運動が起きるなど、精神障がい者に対する偏見も未だ根強いことを改めて実感した次第。
 

 4時ごろには、議員団室で予算要望の仕上げをするべく、松下、青木議員らと打ち合わせ。また貴船の観光トイレの使用料について環境政策局の担当者と懇談。公共下水道が敷設、供用開始されて水洗化が図られたが、さてその使用料を補助制度でなんとかならないのか、と要望。
 夜はとある女子会に乱入したのち、某市長選挙の候補者に白羽の矢が立った、10数年来の友人と懇談。
 声をかけてもらって彼は光栄に思い、喜んでいたが、奥さんの反対や様々な周辺の状況を聴き、また選挙のしんどさなどを考えて、彼の気持ちはすでに断念の方向にあった。民主党に勢いのある時だったら、もろ手を挙げて、立候補せい!と言えるところだが、そうはいかん御時世。残念ながらこの話には幕が下りた。ぼくの役割はここまで、さて誰が立候補するのかな?


11月になって 
●11月7日(水)

   <教育福祉委員会> 

 毎月第2週は常任委員会の日。10時から教育福祉委員会が開催される。
 保健福祉局からは報告案件なし。「社会保障制度改革推進法の抜本改正の要請」の陳情について質疑があった。その後、一般質問。
 ぼくは、今日の3時から予定されている食品衛生優良施設表彰式とみやこ食の安全衛生管理認証店などの食の安全について質疑。日程調整のことで理事者からは陳謝の意が表明された。また先に左京区に開設されたサービス付き高齢者向け住宅を例に、高齢者福祉の観点から民間の役割についても質疑をして、さらに大原での子育て支援策について要望。
 その他の議員は、歳末の貸付金、孤独死、こども文化会館、障害児保育、敬老乗車証のことなど質疑。保健福祉局とは珍しく短時間の午前中で質疑が終わた。

 教育委員会は、報告案件が一件。冒頭に陳謝。山科区安祥寺中学校で発覚した事件、女子生徒のスカート内を盗撮していた28歳の教員を10月26日付けで懲戒免職にしたと報告。もちろん退職手当は 不支給で教員免許失効とのこと。当然のことや。各委員は、被害生徒の心のケア対策や教師がなぜその行為におよんだのかその原因、或いは流出の有無などについて質疑。二度とこんな破廉恥な事件が起こらんようにしないかんぞ!
 その後、共産党の議員から短時間での一般質問。

   <食品衛生優良施設表彰式>

 委員会は2時過ぎに終わり、委員そろって3時からの食品衛生優良施設表彰式に出席することができた。
 毎年この表彰式は行われているのだが、市長表彰が食品衛生優良施設が10施設、食品衛生指導員が13人。食品衛生協会会長表彰が37施設。わが地元吉田下阿達の「満佐留」の上田勝さんが食品衛生指導員として表彰されました!おめでとうさん!市長、正副議長と教育福祉委員と各表彰者と記念撮影。

 散会後、地下鉄で太秦天神川駅へ。ちょっと時間があったので藤田右京区長を表敬訪問、京北町もある広い行政区なので9月以降11月末まで色々な行事があり、土日祝祭日の休みがないそうだよ。たいへんだが、ちょっと太ってるやん。がんばりや!
 5時から、右京ふれあい文化会館前の会場で議員会。予算要望のこと、事業仕分けのこと、今夕開催する議会報告会の進行の点検など簡単に協議。

   <議員団 第2回議会報告会>

 6時には、右京ふれあい文化会館で民主・都みらい市会議員団主催の第2回議会報告会の準備。みんなで椅子を並べる作業をして7時から開会。青木芳香議員の後援会のみなさんはじめほぼ満員の80人ぐらいかな。
 松下議員の司会で市会の仕組み、決算委員会、各常任委員会など付託された議案の取り扱いなど中心に、各議員が持ち時間5分ほどで報告。ぼくは、教育福祉委員会で質疑したことを簡単に報告。
 そして会場からは、議員バッジ、議員定数、四条通りLRT、通学路の安全確保のことなど質問があり担当議員がそれぞれ答弁。この模様はインターネットで流される予定。ぜひご覧のほどよろしく。
 後片付けした後は、向かいの焼肉屋で打ち上げ。マッコリ飲んで気分よく散会、担当の芳香君、お疲れさんした。


●11月6日(火)

   <ライオンズクラブ>

 昼、ライオンズクラブ2R1Z新春合同例会打ち合わせの会に出席。毎年1月に新年例会が合同で開催されるのだが、ぼくはこの7月から高野川ライオンズクラブの会長になったので色々と関係の集まりに出ることになった。ライオンズクラブとして京都マラソンの協力なども要請されているようだが、わが高野川ライオンズクラブとしては、左京区小学生バレーボール大会を成功させるのが最大の活動。これだけはがんばるで!

   <高野 パチンコ店建設計画を巡って勉強会>

 午後4時からは、委員会室で左京区選出の6人の議員で高野のアバンシェルホテルに計画されているパチンコ店の建設について都市計画局の担当部長らと、手続きなど条例や法的な問題について勉強会。

 都市計画における用途地域や「京都市土地利用調整に係るまちづくりに関する条例」のこと、「中高層建築物などの建築に係る住環境の保全及び形成に関する条例」のこと、そして「風俗営業などの規制及び業務の適正化などに関する法律」のこと、そして建物解体に係る届出やアスベスト対策に関する法的な課題など質疑。また住民と議員との懇談会の開催や請願をどう出してもらうか、なども協議。
 ホテルは来年1月末で閉鎖されるという。地元住民も連絡協議会を設置、反対集会も計画されているようだ。これから長期にわたってこの問題に取り組まなければならない、と覚悟してかかろう。

 ニュースはアメリカ大統領にオバマ氏が再選。4年前は、ぼくらにも熱いものが伝わってきたが、今回は冷めているな。今後4年間、アメリカはどうなるのかなあ?


●11月5日(月)

 午前中、この間、松下議員がまとめてくれた議員団の要望項目を読んだり、資料を読んだり、事務所にて雑務。
 来客は豊田府会議員、四方山話。

    <民事裁判の証人に>

 午後、京都地方裁判所に。とある民事訴訟での若い友人の原告側の証人で出廷。
 宣誓書を読み上げて証人席に座る。原告本人からの質問や被告側の代理人の弁護士から、それから裁判官からの質問に、当然虚偽を言うことなく答える。
 争点は、給料未払いに係わり、雇用関係にあったかどうか、共同経営者か否か、ということ。原告との出会いや、その仕事のことなど、原告と被告との関係など見た様子などを答える。ぼくの「ひとくち日記」も証拠として提出されており、裁判にも活用されているのだと、妙なところで日記に意味があることを確認した次第。金額も少額なので和解すればいいと思うが、さて裁判官はどう判断するのかな?久しぶりに裁判の経験をさせてもらいました。

     <ケルンと京都>

 夕方は、東京の鴨沂の同期生の加藤啓の紹介でバリトン歌手、髭の津田直美氏が来所。北白川にある実家で、サロンをつくりたいというアイデアをお聞きして、ドイツは京都市と姉妹都市のケルンの大学に留学していたこともあるので、姉妹都市締結30周年を記念して活動をできないかなど相談ごと。次にお会いしたときまたぼくのドイツ通の友人らを紹介しましょう。髭の人は親しく感じるよ。

 夕方は、岡崎道のところのうどん屋柳橋の安田節也さんの通夜。昼飯にうどん定食を食べに行ったら閉まっていて、御主人が亡くなって今日がお通夜のお知らせ。以前から闘病されていたことは知っていたが、ちょっとびっくり。地域で色々と活動されていたので消防団の皆さんをはじめ多くの方がご焼香に来られていた。心よりご冥福をお祈りいたします。


●11月4日(日)

     <自主防災訓練、バザー、鴨沂19期会校舎見学会>

 好天の日曜日。運動会や祭りが終わると11月は自主防災訓練が各学区で行うところが多い。南田公園での浄楽学区自主防災訓練を見学に。自主防災会の役員さんを中心に、消防団や左京消防署員がリーダーになって消火器訓練や救命訓練などグループに別れて160人ほどの参加者が実地訓練。
 暫し見てから、娘が世話になったペスタロッチ保育園のバザーに。ぶどうの会という卒園児の保護者の会のみなさんと年に一回会える場所。たこ焼きや餅つきをしている知り合いに声をかけて、ひとくちビールを飲んで、荒神橋を渡って鴨沂高校に。
 鴨沂高校を1967年(昭和42年)に卒業したメンバー「鴨沂19期会」の同窓会。校舎が建て替えになるということで校長先生にお願いして3階の講堂やクラブボックスがあった北運動場などの見学会。毎年参加する常連組や久しぶりに会う同窓生と挨拶。卒業生のみなさん、校舎が解体される前に、青春時代の思い出の校舎をぜひ見に行かれたらいいですよ!会食には参加せず。

    <鈴木法務経営事務所開設>

 12時過ぎには御所を横切ってルビノ堀川での「鈴木源太郎法務経営事務所」開設事務所開き。所長の鈴木源太郎さんは元府会議員。なんと87歳でぼくのお袋より年上。大病を患われたこともあったが不死身!元気ハツラツ、行政書士、経営コンサルタント、またNPO活動をしている人など50人ほど参加者で、和太鼓と謡のコラボもあり賑やかでした。ゆっくりしたかったが、チャリンコで京都駅は八条口のホテルへ。

     <祐野恵 長岡京市議、衆議院選挙1区候補に>

 民主党の京都府連の会議。まずは選挙対策会議。平某氏の離党の後の1区の候補者に長岡京市の市会議員祐野恵さんを1区の候補者に推薦したいと発表があり、3区の幹事長からもその旨の発言。満場一致で祐野さんに決定。また宇治市長選挙が12月にあるが候補者選びはこれからの課題とのこと。2時からは常任幹事会。1区の候補者が決定されるということで新聞記者さんも多く待機。

 常任幹事会では前原議員も挨拶。事務所費問題のこと、景気回復の道筋などを語り、松井孝治議員は党の役員として常在戦場であると言明、以降、淡々と報告案件があり、協議事項では、衆議院選挙候補者として1区祐野恵さんを、そしてそれぞれ現職の2区前原誠司、3区泉ケンタ、4区北神圭朗、5区小原舞、6区山井和則を候補者に決定。
 また宇治市長選挙は自民党が出馬表明しているとこいうことで、これから独自候補者を模索中と宇治市議団から報告。その他、粛々と終わりました。

 それから別室で前原総支部長参加のもとに2区総支部常任幹事会を開催。11日に予定している2区大会の議案書について、この1年の活動報告や活動方針案や会計報告、予算案など示して訂正個所などの指摘もあり、幹事長一任で修正することに。その他、今後の街頭行動の提起など。

 それからチャリンコで鴨川河川敷をひたすら北上、およそ30分で第四錦林小学校の横にある吉田自治会館で鴨沂19期会同窓会の二次会にかろうじて合流することができた。昼間からの会食でわが同級生たちはみんなええ気分で上機嫌、ぼくは、ともかく残り物を食べてビールを飲んで久しぶりに会う同窓生たちと喋るがテンションがあがらんよ。すぐにお開きになって後片付けを手伝って帰宅したよ。川本、辻村君ら幹事のみなさん、ご苦労さんでした。


●11月3日(土)

 韓国から帰国してほっとするまもなく、午前中は前原事務所の斎藤所長と11日に予定している民主党2区総支部大会の議案書に載せるべく、一年間の活動報告と活動方針や予算などについて協議。

 午後は、ガールスカウトフェスタ2012に参加。京都でガールスカウトが始まって58年、うちのカミサンがお茶を習っている岡本先生らと一緒に御茶席で岩手の卵のお菓子と抹茶をいただく。人工芝のグランドではフリーマーケットや活動紹介など。

     <東九条マダン>

 そのあと、元陶化小学校での「東九条マダン」に。マダン”とは“広場”の意味で、「東九条で、韓国・朝鮮人と日本人がひとつのマダンに集い一つになって、みんなのまつりを実現したい」--このような思いをこめて名付けられた。今年でなんと第20回目。
 全国外国人教育研究会のメンバーや自立生活センターなど友人たちに出会う。希望の家保育園の崔忠植さんらや朴実さんらが中心となって93年の秋に第1回目が開催された。確か、この夏、京都で全国在日朝鮮人教育研究集会も開催された年でぼくも運営委員として右往左往していて、第一回の東九条マダンにももちろん参加した。
 当時のメンバーから若い世代に見事に受け継がれてきた。午前中には、門川市長も来場していたという。校庭には、キムチや焼肉や韓国料理の店など模擬店が並び、車いすの体験コーナーや民族衣装の試着コーナーなど盛りだくさん。またチャンゴなどのサムルノリの演奏やジャマイカのレゲエのライブもあり若い世代が大いに盛り上がっていた。韓国に一緒に行ったオモニも元気に参加していたよ。ともあれぼくにとっては年に一回色々な友人らに再会できる日でもあり、来年も続けてや!
 夜は我が家で日本酒で晩酌してぼんやり。


訪韓報告  

   <韓国孤児の母・田内千鶴子生誕100周年記念式典
      国連「World Orphans Day」制定推進大会 訪韓報告>

●11月2日(金)

   <釜山女子大学 茶道博物館見学から帰国へ>   

 ホテルの朝食は、ホテル前の食堂で「お粥」。二日酔いにちょうどよかった。おかずがたくさんあるのにはびっくりしたよ。
 昼過ぎまで自由行動となっていたが、京都で韓国茶道の教室を開いている尹道心さんに誘われて、王団長らと釜山女子大学へ。実はカミサンは彼女に韓国茶道を教えてもらっているのですよ。
 山裾にある釜山女子大学は、国会議員でもあった鄭相久という人が創立したらしいが、文人で書家で韓国茶道を普及されたという。立派な茶道博物館があり陶器や韓国古来の服飾や刺繍で作られた屏風など色々なコレクションが展示されていた。そして学生たちも茶道を学ぶ建物があり、そこで煎茶をいただく。自分で湯を注ぎ気楽に飲む。ゆったりした時間が流れる釜山の秋の一コマ。
 昼食は、尹さんの親せき宅へ、公団住宅風の団地の中の部屋。ベランダは二重の窓、オンドルで冬も温かそう。オモニが手作りの韓国家庭料理を作ってくれていてご馳走になる。色々なキムチやチジミに煮豚や太刀魚など家庭料理を味わいました。山葡萄のワインも美味しくいただきました。カムサハムニダ!

 午後2時、ホテル前に集合して一路、空港へ。途中土産物屋に立ちより、出国手続きも無事に終わり空港内で暫し待機して午後4時30分発のエアプサンで帰路に。1時間20分ほどのフライト。あっという間に関空に着いた。3泊4日の短い日程だったが、充実した旅になった。仲尾さん、リファさん、尹道心さん、そして田内基理事長ら故郷の家のスタッフのみなさん、カムサハムニダ!


●11月1日(木)

   <晋州市へ>

 朝食は、貝や魚の入った卵のチゲとナムルとキムチ。
 バスにて高速道路を一路、木浦と釜山との間にある晋州市へ。晋州市は、京都市とパートナーシティの盟約を交わしている。
 昼食は、郊外にある建物で韓国ウドンを食す。カルグクスとかいうらしいが、鍋に貝や鶏肉などが入っていてあっさりとしたスープで、小麦粉で作った麺が入った煮込みうどん。「すいとん」みたいな味やねと誰かが言っていたが、口に合った。

   <晋州城と衡平社記念碑>

 仲尾さんの案内で市内にある晋州城 (チンジュソン)を見学。南江(ナムガン) が流れてちょっと風は冷たいが小春日和。豊臣軍が攻めていく1592年文禄・慶長の役のときの城。1970年代から復元工事が行われて今では、城内にはいくつかの楼閣や祠、国立晋州博物館も野外公演会場などがあり公園になっている。
 壬辰倭乱(文祿・慶長の役)の時、慶長の役1593年7万余名の民・官・軍が最後まで抗争して壮絶に殉死した所でもある。川べりには「義岩」と呼ばれる岩が突き出ているところがあるが、日本の武将を「論介」という名の妓生が抱いて川に飛び込んで殉職したというエピソードのある所や、また城門の前の鰻屋の前には、日本の水平社運動とも連携のあった白丁と呼ばれる被差別の人々の衡平社運動のシンボルとして96年に建立された記念碑も見学、仲尾さんが説明をしてくれる。

   <晋州市長に表敬訪問>

 晋州を流れる南江は、鴨川より大きいが花壇など設置されていて美しい街並。そして市役所の職員に迎えにきてもらい市役所に。晋州市は人口35万人。経済通商室長らと懇談した後、京都韓国民団の王清一団長や婦人会の会長さんらとともにイ・チャンヒ市長と面会。
 公務多忙でゆっくり時間が取れなかったのは残念だが、門川市長からのメッセージと記念品を手渡し、今後もパートナーシティとして交流を深めることなど懇談。市役所は立派な建物で、中には物産コーナーもありオモニたちは色々買い込んでいました。

  <釜山の夜>  

 4時前には出発して釜山に。高速道路から見ると山際に新都市とでもいうべく高層のマンションが立ち並び、躍進する韓国とでもいうべき光景。市内の国際観光ホテルに投宿。バスで夕食会場へ。高層ビルが立ち並び夜景が綺麗。
 夕食は、もちろんカルビですよ!マッコリでええ気分。オモニたちも気分も良く歌って踊って楽しそうでした。
 そしてホテルに帰ってから近くの屋台へ。仲尾さん、ペイリファさん、ヒャンハら事務局メンバーとタコや貝などの魚介類を食しながら韓国焼酎で上機嫌。某君はちょっと飲みすぎたかな。釜山の夜は更けていくのでした。






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