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       鈴木マサホひとくち日記 
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2006年3月

                 


●3月31日(金)
視察の疲れか、朝、家でぼーとしていると携帯電話がなる。

「前原ですが」「ご苦労さん、たいへんやね」というと「実は今日の午後、代表を辞任をすることにしました。午後に記者会見をします」と代表。「エ?」と暫しぼくは絶句。後は言葉にならない。

永田某のメール問題でまさか辞任に追い込まれるとは、ほんまに残念、無念だ。夏の総選挙の惨敗を受けて、蛮勇で火中の栗を拾い、マスコミに日々追われながらも、「安心・安全国会」として、小泉改革の光と影を糾し、対案路線を示す中で民主党の再生をしようとした若きリーダーの志は、道半ば。ほんまに残念。民主党は、これからどうなるのかな。またイチからのスタートや。

午後は、議員団室で市職員の異動の広報資料を見たり、また異動になった方が挨拶に来られたり。テレビで代表辞任の会見がすむと新聞記者から地元の議員のコメントが欲しいと電話が何本か入り、あたふた。

5時過ぎ市役所正面玄関で松井珍男子副市長の退任式。議員や市職員が集まり、桝本市長らの挨拶の後、松井副市長が退任の弁。「法の遵守・コンプライアンス」を基本に「妥協」と「裁量」で市民のために行政を進めることの大事さを言われたのが印象的。長い間ご苦労さんでした。お孫さんからの花束贈呈のときはちょっと涙目かな。

夕方は。わが初当選したときの拠点「市民センター左京」の仲間たちが集まり、この春退職、郷里に帰る友人の送別会。1987年、彼は、ぼくと府会に清水達也議員がアベック当選したときの参謀。その後、京都の社会党の台風の目になって複数擁立をして衆議院選挙を闘い、ぼくは除名になるが、市民センター左京は京都の市民運動の拠点になっていた。わが議員活動では怖いもの知らず、最も活発な時代だった。当時の仲間が集まり同窓会。


●3月30日(木)
この日の予定は、家庭ごみに有料指定袋をすでに導入している福岡市の状況について市役所で視察をすることになっていたが、知事選挙のことで「活力ある京都をつくる会」の京都市内の府市会議員が緊急会議をするということで、ぼくは急遽「のぞみ」で帰京することに。

どうにも盛り上がらない選挙で「活!」を入れるための集まり。序盤戦を振り返って今後の取り組みについて、といことで各行政区の取り組みが各議員から報告をされるが、まだ始まったばかりで、淡々と進んでる感じ。4年前の知事選挙は3人の候補者があり、それなりに緊迫感があったが、相手の女性候補には知事の資質があるとは思えないし、陣営もそれほどパワーがない。政策的にも現職の山田候補はこの4年間、真面目にやってきたし、何しろ現職の強み。問題は投票率やろうね。ぼくも2年前の市長選挙のときは必死やったが、どうも気合が入らんよ。


●3月29日(水)
春の霞のかかった不知火海が一望。桜もチラホラ。水俣市は水俣病の経験を教訓に環境モデル都市・エコタウンプランを策定、分別収集や総合リサイクルセンターの設置など先進的な取り組みを進めている。

まずは、JR九州から第3セクターの薩摩おれんじ鉄道になった水俣駅にあるNPO法人水俣教育旅行プランニング事務所にて水俣市役所の担当者と吉永利夫さんから水俣の現況と活動について説明を受ける。吉永さんとは10数年前に何かのシンポジウムで会っていた。彼も水俣病の患者さんたちに支援活動をするために住み着いた人。全国から水俣を訪れる修学旅行生らを体験学習させるツアーを行政と協力して企画、誘致、そしてコーディネーターとしてに活躍。新たな観光商品や地域づくり、駅の運営もし、さらにレンタサイクルなど多彩な事業に取り組み成果をあげている。

で、吉永さんがガイド役で水俣湾を埋め立て作られたエコパークと水俣環境学習施設の水俣病資料館と水俣病情報センターと熊本県環境センターを視察。水俣病について様々な角度から展示がされ、歴史や原因、また患者さんたちの闘いや苦しみが学習できるようになっている。また環境センターは、子供たちの環境学習の施設として、恐竜展も開催されていた。

午後はエコタウンにあるビンのリユース・リサイクルに取り組んでいる田中商店を視察。専務さんから説明を受けてボランティアガイドの水俣市議の真野頼隆さんに施設内を案内してもらう。全国から集められた一升ビンがコンベアにのって洗浄されて再生され、また破砕されたガラス瓶は舗装などの工事に使われることになる。またなんどもリユースされる「Rびん」の開発・普及にも取り組み、その心意気やなかなかのもの。ええ勉強になりました。

京都で水俣告発のメンバーらと今は亡き砂田明さんの一人芝居の上演運動をしたのはもう30年前か。ぼくにとっては初めての水俣訪問。駆け足であったけれど色々と学ぶことができた。

そして九州新幹線とリレーつばめを乗り継いで福岡へ着いたのは夕方。中州の桜はチラホラ咲き、やっぱ博多ラーメンは美味かったよ。


●3月28日(火)
知事選挙の最中だが、候補者は京都府北部に入っているので、わが民主・都みらい京都市会議員団で他都市調査に。

朝9時過ぎ神戸市は「阪神・淡路大震災記念ー人と防災未来センター」を視察。担当者から説明を受けたあと、あのときを再現した大型映像を見る。実体験をしているようで、地震の恐ろしさをまざまざと思い、避難所での苦労やまたまちが復旧していく様子を一人の少女の目で描かれている。研修に来ていたバスガイドさんたちは涙を流しながら見入っていたし、自然の恐ろしさと人々の温かみを思う。また震災直後の町並みも再現されており、さらに震災の恐ろしさと記憶を残すコーナーなど工夫が凝らされ、今後の防災のあり方を伝えるようになっている。阪神大震災の教訓を生かすべく、防災の総合的な研究センターもあり、活用されているという。あれから11年。

昼過ぎ、この3月に開港した神戸空港を視察。空港会社代表から説明を受ける。新空港の建設を求める意見書が神戸市会で議決されたのが、昭和57年。25年ほど前のこと。紆余曲折あったが、着工後6年で完成。神戸の新しい名所になったということで多くの見学者がつめ掛けちょっとパニック状態らしい。突然春雷が鳴り響き、飛行機の出発が遅れたが、熊本行きに搭乗。乗客はわずか30人ほど。羽田行きは満員らしいが、熊本と新潟行きは大赤字路線らしい。

熊本空港からは小型の空港バスで八代へ出て九州新幹線で水俣に着いたのは夕刻。食事の後、京都の「水俣告発の会」で20年ほど前に出会った大沢忠夫さんと再会。焼酎を一献。大沢さんは、水俣に住みついてみかん農園などをされていて、ぼくは彼の作ったみかんを販売、配送したこともあり話が弾む。


●3月27日(月)
春爛漫、鴨川に吹く春風が気持ちいい。

荒神橋を渡ってわが母校の鴨沂高校横の鴨沂会館に。鴨沂高校の前身になる京都府立第一高等女学院の同窓会「鴨沂会」の会誌の挨拶文の原稿を持参し会長さんらに挨拶。おふくろは昭和17年の卒業生。愚息も鴨沂高校卒業なので3代に渡ってお世話になったことになる。女優の山本富士子さんは府一の卒業生。

午後は上下水道局の北管路管理センター東部支所にて近所の市民相談を受けていたドブ板問題の解決のために担当者と協議。また昨日に続いて「活力の会」のビラ撒き。夕方は、自治労京響音楽家労組の退職者の方の送別会に。乾杯だけ付き合う。

その後事務所での「鈴木マサホ定例サロン」。「京都の公共交通の話題」ということで、NPO法人コミュニティー・デザイン・センターメンバー、京のアジェンダ21フォーラムの交通ワーキンググループメンバーとして、京都の公共交通の現状を調査分析し、利用促進と経営改善のための具体的な改善案を提案して長谷川吉典さんが話題提供。市バスの話で盛り上がる。


●3月26日(日)
昨日、NTTさんが臨時電話を付けてくれたので、昼から「市会議員鈴木マサホですが、4月9日の知事選挙は山田啓二さんをよろしく、4月2日にアピカルインで演説会が行われますのでご来場ください」と電話作戦を開始。メール問題で民主党へのご心配や苦言も多くて往生しまっせ!

また聖護院界隈を一軒づつ「活力の会」の新聞を配布。路地も多くて久しぶりに歩くと時には「知事選かいな、ご苦労さんやね。鈴木さんもがんばってや」と激励されてうれしいね。

夜は、焼肉屋「新羅」で友人の昇進のお祝いの会。われらが同世代の友人等が活躍してくれるのは、嬉しい限り。お互い、がんばろう!


●3月25日(土)
事務所当番ということで活力の会の事務所に。山田知事のお兄さんらが受付。土曜日の朝なので人の出入も少ないな。

昼前には、蹴上で山科から来た選挙車に北岡府議、隠塚議員と乗り込む。山田候補は元気。春の風に吹かれて、左京区を「知事候補は1期4年の実績のある山田候補をよろしく」とマイクを握って2時間ほど回る。北岡府議はマイクをもつと天下一品。高野のカナート前や出町柳でスポット演説も。春うらら、選挙車に乗ってるのも気持ちがいい。でも街の雰囲気はイマイチやね。午後は「活力京都の知事候補に」というポスターを民主党の掲示板に貼るべく左京区内をウロウロ。

その後、ライブハウス「拾得」の古川豪らの春のコンサートの開演前に行って激励。藤村直樹、中川五郎、中山ラビらわが同世代のメンバーが今も歌っているのだ。彼等が歌い始めても40年近いのかな。

夕方は、吉田神社の社務所で総代会。長老等に混じって予算や決算報告を聞く。神社の経営というか維持も色々とたいへんなのだ。


●3月24日(金)
午前中、上京区は府庁前の元梅屋小学校に開設された「京あんしんこども館」にて「京都市都心部小学校跡地活用審議会」に出席。学識経験者や市民公募委員さんらと市会の各会派代表の議員が委員。

この委員会は上、中、下京区の都心部にある小学校の統合問題を審議する委員会で、19校がその対象になっていた。すでに歴史博物館、こどもみらい館、芸術センター、デイサービスセンター、養護学校、ひと・まち交流館など多様な施設が完成し、マンガミュージアムもこの秋にはオープンする。今後、木屋町にある立誠小学校などの活用をどうするかが、審議されることになる。各委員が自己紹介し、事務局から経過説明、そしてフリートーキング。

終了後、会場になった「京(みやこ)あんしんこども館(京都市こども保健医療相談・事故防止センター)」を見学。こどもの保健医療相談の場でもあり、子供たちの不慮の事故を防ぐために、事故防止センターの機能をもち、モデルルームが開設されている。幼児が口にモノを入れないような工夫やテーブルの角で頭を打たないようにするとか、風呂場で溺れないようにする装置とか色々と改善することで事故が防げるのだ。ぜひいちど見学に行ってください。

昼過ぎ、「みやこめっせ」での国際ソロプチミストのバザーを覗き、天気がよくて岡崎公園を散歩して事務所に帰ってきたら消防車のサイレン。どこかで火事やなと思っていたら、近くの熊野神社前のマンションから煙で消防車が数台。マンションの住民の知人が蒼い顔で路上に。消防分団のメンバーも警備に来て慌ただしいなか、救急車でひとり運ばれたが、火災そのものは壁を焦がした程度で済んだらしい。騒然としたが、大きな火災にならなったのが幸いでした。

夕方は東山区安井金比羅宮で民主党東山支部長の中野洋一君が責任者の演説会。畳の部屋の会場はほぼ満員でよかったね。その後友人と「キエフ」でウオッカで一献。


●3月23日(木)
朝8時30分から山田啓二知事候補の出陣式。活力の会の村田純一代表や桝本京都市長等の挨拶の後、元気に山田候補が決意を語る。1期4年間の実績で演説も上達。各種団体や府市会議員に市町村の首長等が集まっての出陣式。各党代表の府会議員が候補者とともに選挙カーに乗って出発。相手方の共産党の女性候補はそんなに強くないので、問題は投票率。きっと市内では35㌫前後ではないかな。

ぼくは選挙事務所の2階にある民主党のブースで連合京都の役員さんらと懇談後、ポスター貼りで左京区内をウロウロ。市長選挙のときは、責任者の一人だったから緊張もして選挙事務所に張り付いていたが、今回は気楽なもの。でもやるべきことはしないとな。4月9日が投票日の17日間の選挙戦。


●3月22日(水)
事務所で雑務。市会が終わると色んな資料がたくさんたまるし、郵便物を整理。また色んな催し物の案内なども多くてダブらない限り出席をするようにしているが、それらの日程を手帳に書き込むのもたいへんだよ。

午後は、議員団室にて来客。西京区のマンション建設計画を巡って大学時代の友人がご近所の住民を連れて都市計画局の担当者との懇談の場に同席。要望など申し入れ。その後、議員団室のわが机の上の資料など整理。夕方は、京都高野川ライオンズクラブの例会。バレーボール大会の反省会。


●3月21日(火)
春分の日、朝一番、吉田神社は西にある祖霊社にて大元講社の春の大祭の準備.
、午前10時からは交通局の錦林営業所創立30周年記念のささやかなお祝いの会に。お茶で乾 杯。豚汁をご馳走になる。

昼前、同志社の今出川キャンパスでの総合政策科学研究科の学位授与式に同窓会「総政会」の会長として祝辞。ぼくが学位をいただいて早や8年。50人余の方が修了され、総政会も700人の会員になった。社会人の人が少なくなったようだ。記念品として、群馬県は麻屋商店特製の記念ラベルを貼ったワインを贈呈。

昼過ぎ、前原誠司代表をまじえて民主党2区総支部常任幹事会。来春の統一地方選挙の公認問題や定期大会のことなど協議。その後会場を変えて、前原後援会主催の前原誠司国政報告会。この間の永田某議員の偽メール事件の経過など弁明。ほんまにえらい騒ぎになったが、いかに信頼回復に努めるかが大きな課題。しっかりしてよ!ワールドベー スボールクラシックで日本が優勝。久しぶりの清涼剤。王シャパン、おめでとう。


●3月20日(月)
朝から朝食を取りながらの民主党京都府連の役員会。10時から開催される常任幹事会の議案や諸問題について打ち合わせ。常任幹事会では、伏見区府会議員の補欠選挙の候補者擁立を断念することや2期目の政治スクールの開講のことなど報告と協議。

そして11時からは知事選挙対策委員会。23日の告示が迫ってきたが、全然盛り上がっていない。されど民主党として、山田啓二知事の再選に向けて、全力で取り組むべく、個人演説会や事務所当番、選挙カーの同乗や電話作戦のことなど諸々の日程などを調整。会議、会議は疲れるよね。

午後は、議員団室のわが机に溜まった2月市会定例会の議案など必要のない資料を整理、捨てる作業。この4月から京都市役所はゼロ・エミッションということでゴミ箱が撤去されることに。もちろん現在でもペットボトルやビン、各コピー用紙や雑誌・新聞など分別しているが、さて、4月からどうしようか?

夕方は「連合京都 洛北・洛南・洛東議員フォーラム懇談会」の設立の会。1区と2区の府市会議員と連合傘下の各労組の役員さんが集い、今後地域の政策・制度要求を議員と連携しながら実現させるために取り組むことを確認。議長は、洛北地協議長の自治労京都市職の橋元委員長が就任。ぼくは副代表を仰せつかことになった。


●3月19日(日)
日曜日。朝、左京区は上高野小学校に完成した児童館の開館式。他の左京区選出の議員と一緒に来賓として出席。随分前から児童館の建設の請願や要望が出されていたが、ようやく竣工した。自治連の会長さんは、祝辞の中で経過を思い出され、感慨無量だったのだろう、涙ぐまれたのが印象的。また3月末に勇退される松井副市長の式辞はご自宅がすぐ横にあり、松井副市長も想いを込めたご挨拶をされた。

午後は、わが家でワールド・クラシックベース・ボールの準決勝、韓国と日本の対戦を見ようとカウチポテト。イチロー選手が頑張り、上原投手が力投をしている姿を見ていたらいつの間にか寝入ってしまい、目覚めたら日本が勝っていた。王ジャパン、決勝進出やないか。果報は寝て待てか。

夕方、事務所で市会の終盤の日記をメモを見ながら一気に書き込む作業。久しぶりにわが家ですき焼きを囲む。


●3月18日(土)
久しぶりに行事や相談ごとなど何もない土曜日。2月定例市会も終わって、ぼんやり午後を過ごす。

午後4時前に同志社は今出川キャンパスの博遠館に。総合政策科学研究科の同窓会「総政会」の役員会。昨年11月の総会で会長を拝命したので、ぼくが進行係りで、役員の任務分担や今後の方針などを決める。そして午後6時からは「がんこ三条店」に移動して新旧役員の懇親会。前会長の中井さんら旧役員の方にもご参加いただいて、10周年記念をどうするかとか、この秋の総会をどうするかとワイワイ。総合政策科学研究科が開講したのは1995年で、650人が修了している。新年度の役員は留任が多いが、自治体職員や大学の職員、出版・新聞社の社員さんなど。総会は11月11日か18日にする予定。久しぶりに気持ちよく酔いが廻った。


●3月17日(金)
朝10時から2月市会定例会の会期末の本会議。

まずは、消費税増税反対の請願を巡って共産党議員が討論、普通予算特別委員長報告のあと、共産から4人、自民、公明、民主からそれぞれ一人づつ討論に立ち、それぞれの会派の態度を表明後、議案や付帯決議を表決。以下、公営企業等予算特別委員会、財政総務、文教、厚生、建設消防委員会の各委員長が審議内容の報告をして、時には起立表決もあるが、粛々と議案を可決していく。寝てるわけには行かんのだ。正午も過ぎ腹も減ってくるは、それにしても、どのタイミングでトイレに行くか、これが思案のしどころ。

で、副市長らの人事案件も可決され、意見書に関連してそれなりに順調に議事が進んできたが、「更なる総合的な少子化対策を求める意見書」の賛成討論に立った共産党の議員が、「政府、自民党、公明党は少子化対策をしていない」とまるで反対討論のような趣旨の発言をしたものだから、議場は騒然。自民の議員から発言の撤回を求める動議が出て、共産からは、撤回をしないと発言があり、公明の理事も怒りで紅潮した顔で反論。久しぶりにヒートアップ。結局、議長預かりになった。

以下、地方議会議員年金制度、道路整備の促進の意見書は共産反対の賛成多数で、「電気用品安全法(PSE法)施行について猶予期間の再延長などを求める意見書」については、わが会派の隠塚議員が提案説明をして共産の議員が賛成討論に立ったあと、自民、公明の円滑な施行を求める意見書が賛成多数で可決されて、午後2時前ようやく散会。休憩なしのおよそ3時間30分の本会議。いや、疲れて腹が減った。来年の2月市会は昼休みを入れてやらないといかんね。これにて2月17日から始まった2月市会定例会も幕が下りたのだ。

夕方は、夕焼けの綺麗な東山は高台寺の京都の3月の風物詩になった「花灯路」の本部に山岸議員らと激励に。産業観光局の友人の担当者らを激励に。今年で4回目の「花灯路」に多くの観光客が来ていただけるようになった。21日まで開催中。ぜひ行ってください。


●3月16日(木)
議員会。朝から精力的に議案や意見書や付帯決議案について議論をし、また調整が進む。

懸案の家庭ごみ有料指定袋導入については、自民、公明、民主は付帯決議をつけて賛成をする方向で、ぼくが自民、公明の理事と最終的なつめを始める。その調整が終わったのが、午後6時過ぎ。結局13項目の付帯決議をつけることに。わが会派からは、気鋭の山岸議員が賛成討論に立つことを決める。また意見書は、中小企業制度融資の改善、更なる総合的な少子化対策は全会派賛成で、地方議会議員年金制度、道路整備の促進及び道路財源の確保などは共産反対、多数で、また「電気用品安全法(PSE法)の円滑な施行」という意見書は自民、公明が賛成、わが民主は「電気用品安全法(PSE法)施行について猶予期間の再延長などを求める意見書」を提案して共産が賛成をすることに。またわが会派からは、総合的な交通政策への交通局の関与と地下鉄東西線の延伸の検討、高速道路については料金設定の見直しとコスト縮減、ゼスト御池の集客対策とPFI手法による債務負担行為の管理の付帯決議を提案することに。

色々な調整もほぼ順調に進み、午後8時過ぎから討論結了のための各委員会が順次開会され、また付帯決議についての調整が行われ、明日の本会議の日程や発言者を決める市会運営委員会が開会したのは、午後10時前。紛糾して深夜になることも予測していたが、ほぼ順調にことが進んでよかった。でも明日の本会議は、各委員長報告や討論者も多くて昼を過ぎそうだな。居酒屋で若手の議員らと打ち上げ。


●3月15日(水)
議員会。意見書の取り扱いについて断続的に調整がされ、随時担当議員から報告を受けて対応を協議。国会では自民、公明が与党であり、京都市会では自民、公明、民主が与党で、またできるだけ意見書や決議は、全会派で一致して出そうというのが原則だが、それぞれの思惑が交錯してそう簡単に調整が進まないのが常。押したり引いたりの作業。

また一般会計の予算や公営企業予算やその他の議案など問題点を検証しながら賛否を確認していく。家庭ごみの有料指定袋制度の導入を巡っては喧々諤々の議論。公営企業の交通事業とゼスト御池の債務負担行為、また高速道路の料金設定については付帯決議を付けることに。ぼくは理事ということで常任委員会の構成人数や委員長ポストのことで、他会派の理事さんらと協議。昨秋の上京区の補欠選挙で自民党が一議席を増やしたので、民主が確保していた副委員長ポストが一減になる悲哀。10人の最小会派では、なんともしようがないね。また議員団の役職をどう決めるか、ぼくはとある事情で理事を勇退し、後任には小林あきろう議員が。山口団長は留任。副団長に宇都宮議員。それなりに議員団の中で葛藤や綱引きがあるんだよ。されどこの市会も明日の討論結了を控えて先が見えてきた感じ。


●3月14日(火)
2月市会定例会もいよいよ終盤。10時から議員会。

予算や各議案について態度を決め、また意見書や決議について議論をすることに。冒頭、理事ということで、ぼくから今後の日程や協議をしてもらうこと内容などについて説明。また各議員から付託されていた議案についての審議状況の報告もあり、さらに午後5時までに意見書を提出するべく議論。で、この数日、音楽家やリサイクルショップなどが反対署名運動を展開されている電気用品安全法(PSE法)施行について猶予期間の再延長などを求める意見書を提出することに。

自民党からは、今朝の毎日新聞に掲載された「政令市の県議は不要」という見出しの前原代表の発言を評価して「政令指定都市選出の道府県会議員定数の見直しを求める意見書」が出てきてびっくり仰天。市内選出の府会議員の仕事は、前原代表が言うように、警察と一級河川と高校しか権限がないので、定数の見直しがあってもよいとぼくも思うが、しかし、府会や県会議員はこの発言を聞いて怒るやろな。案の定、某府会議員らから電話があり、宇都宮幹事長も応対に困った様子。なお共産党からは、医療制度改革法案の撤回を求める意見書案など、また公明党からは、少子化対策などの意見書が出されてきた。

夕方は、事務所にて後援会のメンバーに集まってもらって、今後の行事予定や知事選挙の取り組みのことや党員・サポーター募集のことを協議。


●3月13日(月)
朝、同僚の宮本徹議員の岳父の告別式で右京区は高雄に。式の前だったけれど、ご焼香をさせていただく。奈良でのお水取りの時期でもあり、小雪が散らついていた。

正午に理事会。予算関係やその他の付託されていた議案について各委員会の委員長から審議状況が報告され、今後の日程を決める。また追加議案として、市長は15㌫、副市長10㌫の報酬カットの継続、及び人事議案として、松井珍男子副市長が自ら辞任を表明されて、後任に上原任総合企画局長が、また固定資産評価審査委員の選任などの議案が上程されることに。

午後、理事として松井副市長を表敬訪問。松井副市長は、昭和35年に京都市に勤められて以来、清掃局、民生局、環境保全室、民生局長、収入役から副市長に成られて4年。もう1期されると思っていたが。ともあれご苦労さんでした。後任の上原任総合企画局長は、沖縄は石垣島出身のぼくと同世代。ちばれよー。

午後は、市会事務局のわが会派担当者と明日から始まる議員会の次第を考える。大きな課題は、有料指定袋導入問題。遅くまでかかるやろな。夕方、久しぶりに修学院の前原誠司民主党代表の事務所に参上。知事選挙のことなども含めて、この間の諸問題についてスタッフと協議。ちょっと元気がないな。


●3月12日(日)
京都シティハーフマラソンの日。ランナーやボランティアのみなさんは、雨模様でちょっとたいへんだったろう。

午前10時30分から松ヶ崎の北山通の宝ヶ池ラグビー場の隣に完成した「京都市こども体育館」の完成記念式典。全国で初めてという子供のための体育館は、スポーツ少年団や松ヶ崎自治連合会のみなさんから要望書が出されて実現した施設。式典に先立って、子供たちが剣道、少林寺拳法、空手、そして圧巻なのは相撲を披露。市長や教育長や議長が挨拶。隣に座っていた某新人議員は例によって、ご睡眠。この議員、本会議場でも堂々とよく寝ている。気をつけないかんぜよ。そして先の京都高野川ライオンズクラブ杯左京小学生バレーボール大会で大活躍した女子児童らがスポーツ少年団を代表して「こどもスポーツ推進宣言」。また松ヶ崎小学校の児童による歌と笛の演奏。来年の第10回京都高野川ライオンズクラブ杯左京小学生バレーボール大会はこの立派な会場でやるぞ!

夕方は、隠塚功議員と語る会。この1年間の活動報告をパワーポイントを使って報告。彼の真面目さがよく分かる。選挙のときはライバルだが、山岸議員とともに将来の民主・都みらい議員団を担うようになるだろう。先輩としてエールを送りたい。


●3月11日(土)
昼前、事務所にて相談ごとは、「高齢者向け優良賃貸住宅」に入居することについて。この制度は、国と京都市が整備費や入居者の家賃減額に係る費用の補助を行い、住宅のバリアフリー化や緊急時対応サービスの整備など,高齢者の方が快適に暮らすことに配慮した優良な民間賃貸住宅を提供する制度。60歳を超えた娘さんと80歳を超えた母子が、どこへ引っ越すかということ。京都市住宅供給公社がその窓口になっていることなどを説明。

その後、好天で久しぶりにドライブ気分で、先日相談のマンション建設のことで西京区は桂の友人宅の現場を見に行く。昔の山陰街道沿いの立派な旧家でびっくり。マンション紛争に関する四方山話など。

午後4時から山田啓二知事再選に向けての事務所開き。2年半前の市長選挙のときと同じビル。市長選挙のときは、選対の責任者の一人で仕切りや役で右往左往していたなつかしい場所。今回は、府会議員団が中心なので一参加者として気楽。各政党代表などの挨拶の後、山田啓二候補が挨拶。4年前は舌がもつれて大丈夫かいなと、思ったものだが、4年間の実績もあり、演説も随分上手くなって「絆」をキーワードに、堂々たるもの。「安心・安全、希望の京都」が選挙母体の「活力京都」のスローガン。左京区の自民、公明、民主の府市会議員が集まって、選挙車やポスター掲示のことで相談。

夕方は、3年前の春にインターン生としてぼくのところに来ていた立命館大学の女子学生が某県庁に就職が決まったと挨拶に。当時19歳だった彼女がもう社会人になるのだ。おめでとうと激励。ぼちぼちがんばりや。


●3月10日(金)
今日と13日の月曜日の二日間、付託された議案や請願を審議する常任委員会が開催される。建設消防委員会と厚生委員会とぼくの所属する交通水道委員会が開催。

交通局 とは、ほぼ先の公営企業予算等特別委員会で審議が終わっているので、共産党の議員が一般質問をした後、ぼくは地下鉄と京阪大津線の「1dayチケット」の発売や地下鉄と他社の企画乗車券についてと昨日の普通予算特別委員会の総括質疑で答弁のあった総合交通政策の新たな部局設置について交通局の関わりの重要性について質疑。

水道局からは 、「地下水利用専用水道の増加対策検討報告書」と「下水道事業環境報告書2005」「京北地域水道再整備事業計画」について報告があり質疑。商業施設や病院やホテルなどが「膜ろ過」等で処理した地下水を汲み上げて水道として使用することによって、年間約6億円近い水道料金の減収になっているのだが、その実態調査がされた。規制するには法律もなく色々と対処するのは、難しいのだな。

午後は、古代学協会の知人らが来所。平安京発掘や仁和寺の古文書の研究や「古代学」の発行などをしているこの財団 は、職員に解雇通告を発したことを受けて、存亡の危機。この貴重な資料などをどう保存活用するかが、大きな課題。文化市民局の担当者と懇談。また祇園町に町家を再建して料理屋の開店を企画している方も相談に。ほんまに相談ごとは多種多様。


●3月9日(木)
普通予算特別委員会は総括質疑。ぼくは属していないので、午前中は事務所にて雑務。午後は、議員団室にてモニターテレビを見ながら、審議の様子を見る。家庭ごみの有料指定袋制度や予算全般に係わり、福祉や教育、景観問題や高速道路問題など、京都市政の諸課題について各委員が質疑をして市長、副市長が答弁。某テレビ局のカメラが午後の休憩時間に入る。物見がてら傍聴にぼくも入る。

夕方、吉田神社の氏子講社の理事会。収支報告や講社大祭のこと、さらに吉田神社が平成20年に御鎮座1150年祭になるので奉賛会を結成して寄付を集めるということで、色々と意見が出る。ぼくも奉賛会の役員の末席にいる。ご協力のほどよろしく。

その後、事務所に大学持代の友人が来所。30年ぶりの再会かな?隣にマンションの建設計画があり、どないしたらええか、という相談。マンション紛争に対して「京都市中高層建築物等の建築等に係わる住環境の保全及び形成に関する条例」が出来て、施工者が住民に説明をする義務があるが、それがお座なりになっている様子。色々とアドバイスをする。


●3月8日(水)
ぼくの所属する公営企業等特別予算委員会は、昨日終わりほと一息。二つの分科会に分かれて審議されてきた普通予算特別委員会も明日の総括質疑を控えて分科会報告の作成と市長勉強会で中休み。

午前中はライオンズクラブの国際平和ポスター展に応募してくれた児童たちに参加賞と作品を持って小学校を回る。昼は、醍醐での公明党谷口議員のお尊父の葬儀に議員団を代表して参列。

来客は、とある公共施設の建築の下請けをしている業者の人が、元請が倒産したのでえらいことですは、と相談や中国から中華料理のコックさんを招聘するべく準備をしているレストランの方がビザ取得のこと。ほんまに色んな相談ごとが持ち込まれるよ。

夕方は、連合京都の春闘決起集会の後の円山公園から市役所前までのデモを激励に民主党の京都府連として三条河原町で国会議員等と激励。クスリか何かでラリッテいる男が宣伝カーを蹴ったり、某議員を小突いたりで不穏な動き。警察が来てくれて事なきを得たが、いやな雰囲気。

その後、京都高野川ライオンズクラブは、小学生バレーボール大会の反省会。京都新聞の夕刊にその大会の記事が載る。記者さんに感謝。子供たちにとっていい記念になるだろう。


●3月7日(火)
公営企業予算等特別委員会は最終日で総括質疑。

インターネットで配信され、市長、副市長と対面式に質疑をするのでそれなりに緊張して各委員は臨む。各会派の持ち時間は、自民が144分、共産が108分、公明と民主が54分。それに10分加算され、ひとりの持ち時間は20分。自民、共産、公明、民主の順番で始まり、あとはドント方式。民主からは小林、宮本議員が立ち、ぼくはラストから2番目の16番目のバッター。

市立病院の新型インフルエンザ対策と北館整備計画のPFI方式導入に係わるアドバイザリー委託 のこと、上下水道局とは大原、静原などの下水未普及地域の今後の着工予定、そして時間を割いたのが、公共交通政策としての地下鉄・市バス事業のこと。乗客増対策としての企画乗車券の発売や「歩くまち京都」の実現に向けての交通局と都市計画局との連携など、この2年間の交通水道委員会に所属をしていた立場で、質疑をしたつもり。答弁する市長、副市長は、息を抜くこともなく集中して聞いて答弁をすることになるのでたいへんやろね。これが議会の委員会の大事な役割。また前日に質問に答えるべく、答弁を準備するのもたいへんな作業だと思う。夕方6時前に委員会は終了。ご苦労さんでした。

その後、連合京都の洛北、洛南、洛東の地協の議長と事務局長が集まり、議員フォ
ーラムの立ち上げに向けての準備会。さらに。わが民主・都みらい議員団が某議員宅に集い、この間の各予算委員会の質疑の中身を報告、情報交換して、いわば2月市会の終盤に向けて気合あわせと作戦会議。


●3月6日(月)
公営企業予算等特別委員会が10時から。局別審議も今日で最後。上下水道局との質疑の2日目。ぼくも質疑に立つ。

2日目でもあるので、先に質疑をされた項目には触れずに、或いは視点を変えて臨機応変にやらないかんのだ。それで、この20年の上下水道事業の変遷を振り返り、今後の事業のあり方、地域水道の普及経過をまた振り返り、今後の課題としての左京区は大原や静原の下水処理計画の問題、また経営評価システムの成果や今後の取り組み、コスト削減や外部委託の現状と今後、また「市民の水の日」や「鳥羽水環境保全センター」や「蹴上浄水場」の一般公開のこと、伏見環境保全センターでのガスコーゼーネレーションのことなど質疑。水需要が毎年増加し、また下水の市街地における整備が必要な時代から、水需要も減少し、環境問題や雨水対策への取り組みが必要になってきた上下水道事業の今後のことあり方に着目して質疑をした。時には議員によっては、何を言っているのか論旨が不明な質疑もあるので答弁する理事者もたいへんだよね。夕方は、左京保健所の所長の奥さんの通夜に参列。そして明日の総括質
疑の質問のためのメモ作り。


●3月5日(日)
二日酔い気味で疲れが抜けていないが、朝から京都高野川ライオンズクラブ杯左京小学生バレーボール大会の2日目で修学院第二小学校へ。本部席に座って記録をつけたりで右往左往。

午後3時前、国際会館での山田啓二知事を励ます決起集会に。府内の北部からはバスを連ねて府市会町村議員なども参加、市内の各種団体、連合京都、自民党、公明党そして民主党の支持者が結集。会場は超満員。

始まったらすぐに抜けて、バレーボール大会の決勝戦と閉会式に。6年生の決勝は、松ヶ崎と葵がフルセットの大熱戦。で優勝は6年生が葵小学校で京都市長賞、5年生が明徳小学校で教育長賞、4年生が葵小学校で、京都新聞社賞。閉会式では、ライオンズクラブを代表してぼくが挨拶をする。

その後、民主党2区総支部の山口、北岡、隠塚議員らと今後のことについて協議。知事選のことはともかく色々と悩ましい課題があるよ。


●3月4日(土)
朝8時過ぎに修学院第二小学校に。第9回京都高野川ライオンズクラブ杯左京小学生バレーボール大会の開会式。昨年は36チーム339人だったけれど、今年は15校、4
4チーム、417人の選手が参加。修二ドリームバンドの演奏で入場。優勝旗の返還などのセレモニーの後、5会場に分かれて予選リーグ戦。先生方や少年スポーツ団の指導者などの熱意があってこその大会。4年生のチームは可愛いが、6年生にもなるとサーブやアタックは力強いな。

午後はわが「早春サロン」。例年は2月に開催していたが今年は3月になったので「新春サロン」ではなくて「早春サロン」。会場は昨年から京阪丸太町駅の「クラブメトロ」 。午後2時から午後7時までの長丁場。地域の支持者や久しぶりに会う友人、労組や市役所の友人らが、缶ビールとおでんなどで談笑。昨年に続いて立命館の和太鼓グループ「バチホリック」の邦楽や元気な太鼓演奏で盛り上げてくれた。かっては百万遍の事務所で50人ほどの参加者でスタートして、今は閉店した中華料理屋や「喫茶おらんじゅ」そして聖護院に移ってから「ザックバラン」から「クラブメトロ」へと年々、参加者が増えて、200人。多忙な中、福山、松井の両参議院議員に北岡府会議員らも来てくれて大賑わい。それぞれのみなさんとゆっくりお話が出来なかったが、ご参加いただいたみなさん、スタッフのみなさん、ありがとう。5時間も飲み、喋り続けて、もうぐったり。そやけど年々酒量が減りますな。


●3月3日(金)
10時から本会議。介護保険料の改定の追加議案を委員会付託することを決めて、10分ほどで散会。その後、すぐに普通予算と公営企業等予算特別委員会が開催。

公営企業等予算特別委員会は、今日から2日間にわたって水道局との審議。わが会派からは、小林あきろう議員が琵琶湖の水質問題や病院やホテルなど事業者が地下水を水道として使用している問題、アスベスト問題など会派の持ち時間を全部使って質問。時間が余ればぼくも少し質疑をしようと準備をしていたが、月曜日にすることに。その後、議員団室には来客が次々に。

夜は、事務所でこの間サボっていた「ひとくち日記」の打ち込みをメモを頼りにする。2月はあっという間に過ぎて、もう3月やないか、とふと我に返る。

節分から始まって、代表質問の準備にかかって、アタフタとしていたら、メール問題で民主党は大ピンチ。こんなになるとは、ほんまに誰が想像していたことか。政治の世界は何が起こるか、わからんのだな。

ところで、夕方、某テレビ局が京都のごみ問題を放映すると番組案内で告知していたが、放映を中止したらしい。まち美化事務所などにちょっと強引なやり方で取材をしているとの情報がこの数日入っていたが、短絡的な調査で、真面目に仕事に取り組んでいる清掃の現場職員を批判するのはいかがなものか。某新人若手議員の調査のやり方にも問題があるとぼくは思っている。


●3月2日(木)
役所に行くと家庭ごみの有料指定袋導入を巡り反対派の市民が廊下に。また某テレビ局が普通予算特別委員会第2分科会に取材に入るということで,なんとなく騒然。

ぼくは公営企業予算等特別委員会で交通局の審議の二日目。自民、共産、公明に続いて昼からの番。

エムケイ問題から市バス事業を考える会の答申やジャンボタクシーによる実証実験、また地下鉄の料金改定問題などのこの2年間の交通事業の総括、地下鉄のバリアフリーや近鉄の車両間の転落防止の取り組み、地下鉄の二条天神川間の220億円の工事費の削減、企画乗車券での乗客増対策、市バスの運行管理システムと無線の活用、100円循環バスと歩くまち、地下鉄とバスのネットワークなど多岐にわたって50分の時間をほぼ使い切って質疑をする。

なお正午には、市会運営委員会が開催されて介護保険料の改定の追加議案について本会議を明日開会して委員会付託をするということを決める。

テレビでは国会の議場で永田某議員らがメール問題で自民党の幹事長に詫びている場面が流れる。これで一件落着なのか。ほんまにアホなこっちゃで。この間のドタバタ劇はほんまに残念。民主党はイチからの出直しだ。


●3月1日
今日から弥生3月。午前中は委員会を欠席。わが母校の鴨沂高校の卒業式。昨年秋の同窓会会長を拝命したので来賓として出席。着物に着飾った女子生徒など183人が入場。国歌斉唱ということでテープは流れ、起立をほとんどの人はしていたようだが、斉唱する人はほとんどいない。さすが「自由の学園」鴨沂高校だ、と感心した。校長先生の式辞や卒業証書の授与や在校生代表の送辞などそれなりに厳粛に淡々と進んだが、答辞のときは、パワーポイントで舞台に3年間の思い出のスライドが流されて3人の卒業生の代表が沖縄研修旅行などの思い出を語りながらの答辞を読む趣向。よかったよ。感動した。

で、その後PTA会長に続いて、ぼくが同窓会長として登壇。39年ぶりの登壇に緊張したよ。昨夜準備していた原稿を横に置いてノー原稿で喋ることにして、「コングラチュレーション、ボーイズアンドガールズ」と最初に言ったものだから、沸いた。1964年入学、67年卒業のぼくらの時代を振り返り、沢田研二さんの話や鴨沂食堂のツナカラ丼の話など散りばめながら、2万人を超える卒業生がいる同窓会への勧誘に、友情と友達を大事に人生を歩んで欲 しいと述べて、最後に沖縄の方言で「ちばれよー」という言葉で締めた。ぼくは19期生。彼らは58期生。どんな人生を歩むかな。卒業おめでとう。

その後、式は続いたが正午から理事会。介護保険の改正施行が4月からなので保険料の改定の追加議案が上程されることに。

午後は、公営企業予算等特別委員会に出席。交通局との審議。この日のわが会派からの発言者は小林、宮本議員に任せて、明日の質問の準備のため資料を読みながら各委員の質疑と理事者の答弁を拝聴。夕方は、とある知人らと会食。元国会議員の秘書の方らと話が弾む。夜は明日の質問のメモ作り。



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