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       鈴木マサホひとくち日記 
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2008年4月

                 


●4月30日(水)
 市役所の第一応接室で門川市長から各会派に「肉付補正予算(案)」の内示がある。門川市長から総論が述べられ、星川副市長から各施策について説明。いささか複雑なのは、道路特定特定財源の国会での行く末がどうなるのか、ということもあって、地方道路交付金事業を二段構えで提案するとのこと。で 一般会計補正は256億円。「肉付け」を出来るだけの予算があればいいのだが、財政が逼迫して「筋肉質」と揶揄もされる。しかし、新市長として、独自カラー打ち出し、マニフェスト124項目のうち88項目を予算化、
 「いのちを大切にする」ということで、3人目の子どもの保育料の無料化、放課後まなび教室の推進、「環境への高い志を共有する」ということで、歩いて楽しいまちの実現、「知恵を活かし活力を高める」で知恵産業推進事業、「人を育てまちを元気にする」と、市民共汗サポーター制度の創設、改良住宅への留学生入居支援などがある。補正後の企業会計などを含む全会計予算総額は約1兆7098億円。市債残高は、初めて減少、前年度より114億円減になる。 5月12日に告示される5月市会で議論されることになる。


●4月29日(火・祝日)
 午前中、農産物などの食品の安全性の検査などをしているNPO法人のスタッフと懇談。中国産の農薬入のギョウザが大きな話題になったが、残留農薬の問題は、日本で生産されている野菜にもあるし、食の安全が問われている時代。NPOとして農業の振興など地道な努力に敬服。
 
 午後は、北区は鴨川の源流である北山の奥座敷、雲ケ畑に。新緑と石楠花が見事な岩屋山志明院を訪問。ちょうど春の大祭のとき。護摩木を燃やした後の炭の上を歩く火渡りの行事が行われていた。行者の人たちが渡って、参拝者も順次渡るのでぼくも靴下を脱いで歩いた。思っていたほど熱くなかったよ、これで無病息災かな。住職は田中真澄さん。鴨川ダムの計画があったとき反対運動の先頭に立ち、水と緑の会のメンバーだった。またこの4月に施行された京都府の鴨川条例制定の提案者。またゆっくり話したい人。

 夕方は、韓国料理の店―「新羅」で出会う人々の集いーに参加。「歴史認識―これからの日本と世界をどう考えるか」というたいそうなテーマ。歴史学者の仲尾宏さんは、司馬遼太郎の作品に描かれた歴史認識に対して異論を述べ、台湾出身の徳林真樹医師は、台湾独立運動のことを語る、そして「同和はこわい考」を出版し「こぺる」の編集者である藤田敬一さんは、50年に及ぶ部落問題に向き合ってきたことを語り、職員不祥事問題にもふれて同和行政のもたらしたこととして、人と人との関係が変わらなかった、マイナスの連鎖だった、と語る。時には、子どもたちに講演したときの話をなど笑いを入れながら実に含蓄のある話。ぼくが京都市の同和行政の制度疲労を語り始めたのは藤田さんに触発されている。藤田さんと公開対談をしたのは95年京都会館別館でのこと。あれから、なにがどう変わったのかな?


●4月28日(月)
 昨日の山口県の衆議院補欠選挙で民主党の候補者が自民党に勝利。道路財源問題や後期高齢者医療制度の問題が争点になって山口県民の支持が民主党の平岡秀夫さんに集まったのだろう。これから国会がどういう動きになるのかわからんが、されど自民党は暫定税率を衆議院で再可決しそうなので5月1日からガソリンがまた引き上げられそう。今月中に満杯にしておかないと。
 ところで、山口2区は岩国市周辺でニュースで時折錦帯橋が映っていたが、ベトナム戦争に反対して、ぼくが岩国の米軍の海兵隊基地に向けて最初にデモに参加したのは、1969年だったか。その後、錦帯橋でロックコンサートをしたり、戦闘機の離陸を阻止するのだと凧を飛ばしたり、1972年に反戦喫茶「ほびっと」を作って岩国と京都を往復していたのは、もう40年近く前になるのだな。米軍基地は今もあるが、「ほびっと」の建物は今はもちろんない。当時一緒に動いていた岩国の友人たちともご無沙汰やな。ふと当時のことを思い出していた1日。


●4月27日(日)
 連合京都主催の京都中央メーデー。去年までは梅小路公園であったが、今年はわが左京の府立植物園での開催。自転車で鴨川の堤防を植物園までサイクリング。チューリップが咲き乱れる絶好のメーデー日和。「STOP!THE格差」がメインスローガン。植物園の中央芝生広場に舞台が作られ、木村幹雄連合会長の挨拶の後、山田知事と門川市長と民主党京都府連の新会長の山井衆議院議員が挨拶。メーデー宣言が採択された後、抽選会が行われてその後、北山コースと北大路コースに分かれてデモ行進。ちょっと短いコースだが、自治労のデモ隊に参加して久しぶりにデモをする。今回のメーデの特徴は、北大路商店街とタイアップして参加者に地域振興券が参加者に配布されて、商店街の活性化が図られたのだ。その後、舞台ではぬいぐるみの動物たちも出てきて環境問題に関するイベントなど。初夏の風に吹かれて家族連れも多くまさにメーデー日和の1日でした。


●4月26日(土)
 昼前、天気も良くてコンビニで弁当を買って、毎年この時期に一般公開される鳥羽の水環境保全センターへ。この数年交通水道委員だったので、ほぼ毎年行っているのだ。入り口で場内を運行する市バスに乗り換えて、5分ほどだが広大な下水処理施設の横を走って藤棚のあるところがメイン会場。水道局や市バス職員等に挨拶してブラブラ。子どもたちのためにちびっこ広場が用意されていたり、水質試験コーナーやパネル展も。今年は芝桜がイマイチの咲きであったが、藤棚は今が見ごろ。たいして異臭もせず気持ちいい。上下水道局の職員のみんながんばってよ!来週は蹴上の浄水場のツツジを見に行こう。

 午後は「チェルノブイリ22年京都のつどい」。昨年7月16日に中越沖地震が起きたが、活断層の上にあった柏崎刈羽原発が危機一発であったのは記憶に新しい。元村会議員の武本和幸さんが講演。刈羽村の1300戸のうち800戸が倒壊したという話も驚いたが、原発の施設の中の道路はもちろんのこと放射能を含んだ水が漏れている写真など衝撃的な写真。チェルノブイリの原発事故も悲惨だったが、日本で起こるかも知れない、という恐怖がある。敦賀、若狭の原発から京都は100キロほど。エネルギー政策を考えないいかんぞ!

 夕方は、「脱温暖化社会・G8に向けて日本は何をするべきか?」と題した鮎川ゆりかさん(WWFジャパン気候変動特別顧問)の講演会。アイリーン・スミスさんが進行役。京都議定書が発効して早や10年。温室効果ガスの排出増加で地球は高温化し動植物の絶滅や異常気象が起きているのはみんな知り始めているが、バリ会議での日本政府の対応や日本のCO2の排出量の分析や産業界の役割など鋭い指摘をしながら、いかにCO2の排出量を抑えるのか、また効率的なエネルギー政策をどう構築するのか講演。ちょっと難しい話だった。大島仁地球環境政策監も短いスピーチ。終了後、地球温暖化対策室のスタッフと懇談。京都市もがんばらないと!


●4月25日(金)
 昼、事務所に白川放水路(今出川分水路)が完成しましたと、建設局の担当者が来所。銀閣寺から加茂大橋まで今出川通を白川のバイパス河川として昭和62年から20年にわたって工事が進められてきた。総工費91億円。当選したとき、ぼくの事務所は百万遍にあったが、そのときからの工事。車の渋滞や農学部前には巨大なシールド工事の基地ができたりで、沿道住民から色々と苦情を聞かされた思い出がある。ようやく完成したのだ。担当されたみなさん、ご苦労さん。沿道のみなさんご協力ありがとうごいました。

 午後は、政務調査費の住民監査請求に関わって議員団会議。すでに書類を提出したが、これから外部包括監査人による面談が行われるとのこと。日程調整をする。京都府会議員は、すでに監査請求の結果、返還をしているが、京都市会もぼくもちゃんとやってきているが、さてどうなるか。なんとなく憂鬱な気分。夕方は、事務所にて市民派議員レポートの発送準備作業。


●4月24日(木)
 午前中、小雨降るなか、二ノ瀬へ。引越しをした家の膨大な書籍を引き取るということで友人の古本屋の店主に声をかけられて、わが軽貨物車で運ぶ手伝い。いろんなことを頼まれるよ。久しぶりの肉体労働で気持ちのいい汗を流す。

 夕方は、今枝団長の店「ちゃんこ横綱」で民主党と連合京都の関係者で春の懇談会。市長選挙のことが話題に。門川市長誕生から2ヶ月余。雪が降り続き、951票差という結果もあって、ほんまに寒い選挙だったよね。国会議員や他党とのやり取りなど色々なことがあり、疲れたよ。ぼくが進行役。感慨無量だな。そして久しぶりに同世代の宮本徹副議長と2人で街に繰り出すが、日頃は寡黙な副議長の徹ちゃん、夜になると元気になるのだ。いやはや畏れ入りました。ありがとう。


●4月23日(水)
 午前中、平安神宮と京都会館近辺でテロ災害合同訓練が実施。市会議員は少なかったが府会議員が多く参加。この6月に京都でサミットの外相会議が行われるということで府内の消防や警察、自衛隊、病院関係者が実践的な訓練。爆破テロや化学テロにより負傷者が出たという想定。消防学校の生徒が被害者となって迫真の演技?化学物質を除去するシャワー室?や負傷者を収容するテントが立てられ実践さながら。消防の指令車は、テレビ画像などが見れて、会議が開かれるスペースができる車両。実際にテロが起こらんことを祈るのみ。それにしても外相会議の間は警備で交通渋滞など色々と市民生活に影響が出てくるだろうな。
 午後は、アレイダ・ゲバラ講演会のチケットづくりなど事務所にて雑務。


●4月22日(火)
 午前中、京都市動物園で43年間飼育係をされてきてリアリズム写真集団の会員の高橋鉄雄さんが動物写真を奥さんと一緒に事務所のフリースペースに搬入。飼育一筋、ゴリラの京太郎を背中に背負った若かりし頃の高橋さんの姿やトラ、ライオン、アシカ、オラウータン、ふくろうの写真など動物の多様な表情が見事に写されている。6匹のフサオマキザルの記念写真は見ていて実に面白い。5月20日まで展示中です。見に来てください。

 午後は、議員団室に。政務調査費の領収書など提出。さて監査委員がどういう判断をされるのかな?
 夕方は、抜群の英語力で事務局長として世界歴史都市連盟をけん引されてきた高木寿一国際交流会館館長らと懇談会。世界歴史都市会議のことや国際交流、産業振興や新景観政策、岡崎公園周辺の活性化、行政評価のことなど話題は多岐に及んだ。


●4月21日(月)
 10時から経済総務委員会が開催される。総合企画局から伏見区は水垂地区に運動公園をつくる整備計画の報告。水垂地区は、昭和50年から平成6年まで京都市の埋め立て処分場だった。そこにグランドゴルフ場を主に運動公園を整備するという計画。着工までに4年、平成26年に完成の予定で約22億円の事業。メタンガスの問題や交通アクセスのことが質疑された。
 理財局からは、「大都市財政の実態に即応する財源の拡充についての要望」について説明。毎年、秋になると政令指定都市として政府に財源確保のためにいわゆる陳情、要望活動をすることになっている。いずれ上京して!民主党の国会議員に陳情に行くことになる。
 総務局からは報告案件はなかったが、一般質問としてぼくが先週18日に開催された京都市職員提案制度優秀提案発表会「トライ!京舞台」に参加した感想を述べながら、職員提案制度について質疑をした。職員が誇りを持って仕事が出来て市民に信頼される市役所になるためにも、職員の自主的な提案制度が充実することで職員の意識改革にもなる。産業観光局とは共産党の議員が談合問題などで質疑をして、委員会は終わった。
 その後、政務調査費の住民監査請求に関わり、領収書など点検の作業。


●4月20日(日)
 午後、先週の日曜日に続いてチェ・ゲバラの娘、アレイダ・ゲバラさんを招く会の第2回目の京都の準備会。会場を京大会館に決めて、京大会館に出向いて担当者とも打ち合わせ。農業や医療、教育などキューバの今について講演してもらい、そのあとでレセプションをすることに。前売は800円。レセプションは食事代とカンパを含んで8000円。参加ご希望の方はご連絡ください。1970年に一緒にキューバにサトウキビ刈りに行ったメンバーである田頭、清水、板谷氏らも来てくれて、しばし当時の思い出話も。
 
 夕方は、「日韓・日朝の文化交流の夕べー朝鮮通信使の交わりを現代に生かす」に出席。昨年秋に朝鮮通信使400周年記念で京都で再現パレードが実現して、ぼくも江戸時代の儒学者・雨森芳洲に扮して歩いたが、雨森芳洲の衣装を着た仲尾宏さんが冒頭に朝鮮通信使と文化交流の重要性について講演。また鄭泯流のペイ・リファさんの華麗な舞踊や韓国の重要無形文化財の音楽家チェ・グンスンさんの歌や音楽広報大使のキン・グオンシクさんの見事な演奏など盛りだくさん、コリア文化を満喫した。


●4月19日(土)
 春恒例の「花と緑の市民フェア」、今年で39回目。岡崎公園の会場の「みやこめっせ」には長蛇の列。新緑の芽吹く気持ちのいい朝、消防音楽隊のファンファーレで開会のセレモニー。経済総務委員会や農業振興議員連盟の議員が紹介される。源氏物語千年紀がテーマ。販売コーナーもあって大賑わい。

 それから民主党京都府連の常任委員会。山井新執行部での初めての委員会。ぼくは以前は、副幹事長だったが、京都市会議員団の代表ということでの常任幹事。気楽な気分。新幹事長の田渕五十生府会議員や各委員会の委員長から報告。5月末までが党員・サポーターを集めなくては。ぜひお願いしますよ。また政治スクールは、プレスクールが5月17日に開催されることになった。

 午後は伏見は大手筋通近くにある共同作業所「福祉工房P&P」の運営委員会。決算報告や予算案、また事業計画や諸般の問題点を協議。利用者がパソコンを使って版下などを作り、印刷全般ができる。また西京極に自閉症の青年たちの場所として第二作業所を2年前に開設した。ここは軽作業をしている。障害者自立支援法になって利用する障害者も施設運営する側もたいへん厳しいのだ。

 夕方は、久しぶりに民主党2区総支部の議員が揃い、総支部長の前原誠司議員と懇談。市長選挙のことや民主党の行く末のことや解散総選挙のことや小泉元首相との会合のことや諸々のことで話が盛り上がる。民主党も色々あるのやな。大丈夫かいな!


●4月18日(金)
 午前中、京都会館会議場で行われていた京都市職員提案制度優秀提案発表会「トライ!京舞台」及び表彰式に。市長・副市長等も出席の下、冒頭の二つの発表は見れなかったが、市民サービス向上、事務効率改善、技術改善の3点の分野での取り組みを若手の職員がパワーポイントを使いながらプレゼンテーション。消防局職員の「さわやかあいさつ5箇条運動」は実演もあって面白かった。「排泥池攪拌機の効率化」は水道局、「ごみピット薬剤散布用器具製作」はクリーンセンター職員。昨日の委員会でのむなしさとはちがって清涼剤。若手の職員のみなさん、がんばって!

 昼前、吉田神社に。ちょっと小雨模様だが、春の例祭。南都楽所による倭舞(やまとまい)の奉納や御棚神饌(みたなしんせん)と言う特殊な御供えを供すなど、厳かに祭事が執り行われる。今年は御鎮座1150年。いやあ、長い歴史だよ。舞鶴の吉田地区にある瑠璃寺から移植された大元宮の枝垂桜のことで読売新聞記者が取材に来たらしい。

 午後は、環境団体グリーンアクションの代表アイリーン・スミスを伴って、大島仁地球政策監と懇談。26日に開催される脱温暖化社会の講演会での挨拶を依頼。衆議院の環境委員会の公聴人として出席するとのこと、がんばってよ!

 その後、民主・リベラル労組懇談会の春季研修会に参加。社会保険労務士の椹木敦子さんが「年金制度の仕組み」と題して講演。消えた年金のこともあるが、ほんまに年金制度を理解するのが難しい。ぼくはもちろん第一号被保険者で国民年金になるわけだが、来年が60歳。いくらもらえるのやろ、社会保険庁にちゃんと聞きに行ったほうがいいかな!それにしてもこれからの日本の社会保障制度はどうなるんや。

 夜は、元白河養護学校の校長だった住田先生や当時のPTAの関係者等らと障害児の教育や就職、グループホームのことなど色々と苦労話を聞かしていただく。障害福祉のことで話は尽きない。


●4月17日(木)
 午前10時から職員不祥事に関する調査特別委員会。市長総括質疑ということで。関西のテレビ局の全社のカメラが揃いたいへんな注目度。自民、共産の委員に続いて民主のトップバッターとして門川市長に質疑。
 テレビカメラが回っていると緊張するよ。ぼくの持ち時間は30分。発売されたばかりの「フラッシュ」という週刊誌を手に持ちながら、不祥事の遠因になっている同和行政のことにも触れ、いささかのむなしさを吐露しつつ、いかに不祥事を抑止するのか、まち美化事務所や水道局職員が誇りをもって仕事ができる職場作りや、また明るい市民に信頼される市役所づくりをするのか、質疑。このピンチをチャンスとして職員の意識改革や職場風土の改善や不祥事を根絶しようとする市長の意欲と決意は確かなものであると感じた答弁であった。
 その後全員の委員が質疑に立ち、共産党の委員の質問にいささか緊張感が漂った場面があったが、終わったのは午後6時。ちょっと疲れたよ。答弁する方はもっと疲れるたことと思うがーー。で2度とこの特別委員会が開催されないことを望むが、さてどうやろな?
 夜のニュースで委員会での質疑の模様が流れたらしく、知人から見ましたで、と電話が数本。


●4月16日(水)
 昼過ぎ、京大理学部の北側にある日本いのちの花協会が建設された「花の家」を訪問。この「花の家」は有料老人ホームで代表の宮田さよ子さんが最後まで人間の尊厳を守り続けるケアをできる場所としてがんばってこられ、高齢者福祉のことを色々と教えてもらってきた。宮田さんが心を込めて作られたカレーをいただきながらお話を聞く。
 その後は、自転車で地域をウロウロ。後期高齢者医療制度のことや同和地区にある市立浴場の今後のことでお話をお聞きしたり、左京区役所では、生活保護のことで担当者と話をしたり、わが母校の第四錦林小学校では、この4月に赴任された中島新校長先生と懇談したり。
 夕方は、明日の特別委員会で市長総括質疑をするべく資料を読み、メモ作り。


●4月15日(火)
 職員不祥事に関する調査特別委員会の局別審議。今日ももちろんテレビカメラに多くの新聞記者。自民、共産の委員に続いてぼくが質疑に立つ。要は、この3月市会での代表質疑でも問題点を指摘したが、12年前のぼくの制度疲労を起こした同和行政のあり方を巡っての議事録から雇用について述べた部分を読み上げ、また上原前副市長と西村前管理者の退庁式での挨拶のことなど述べながら、この2年間の不祥事問題の遠因について述べ、その後の取り組み、また服務規律を求めるあまり職員が萎縮しないような方法でいかに明るい市民に信頼される市役所に改革していくのか、総論的なテーマで、持ち時間の30分を議論。14人のすべての委員が、様々な視点から質疑に立ち、終わったのは午後6時。
 質疑を聞いていて、途中から、なにかしら徒労感というのかを空しさを感じ始めたのだ。門川新市長をして1年間で不祥事を根絶するということで、膿を出し、職場風土を変えようと努力がなされているのは十分理解するし、確かに抑止するための服務規律の強化で職員の意識も変わるだろう。しかし、ほんまに不祥事は無くなるのか。多くの職員が真面目に仕事をしているが、一部の職員の事件で信頼を失うことになる。京都市役所の職員として誇りを持てるのはいつかくるのか。市民に信頼されるときが来るのはいつか!
  夕方、事務所でわが応援団の数人のメンバーに集まってもらって今後の市政報告会の開催のことなど相談。


●4月14日(月)
 職員不祥事に関する調査特別委員会が始まる。テレビカメラも数台。冒頭、上下水道局管理者から4月11日付で宿直中に飲酒していた職員ら2人を停職処分などにしたとの報告とお詫び。そして明石服務監から不祥事の状況、根絶に向けた取り組みなどの説明がある。平成18年度は逮捕者が13人、懲戒免職者が20人、悪夢の1年だった。「信頼回復と再生のための抜本改革大綱」にしたがって取組まれてきたが、19年度は痴漢行為で逮捕された職員等3人が逮捕、懲戒免職者は4人。直近では大きくテレビでも報道された環境局の部長級と上下水道局職員の職場離脱、中抜け問題が大きな不祥事。午前中は説明だけで終わる。

 午後は、田中セツ子委員長を筆頭に委員会として右京区にある配水管理センターと右京まち美化事務所を実地視察。テレビカメラや新聞記者も待ち受けていていささか緊張。中抜け職員が摘発され、カンパ問題が話題になった配水管理センターは、市内に巡らされた水道配水管の維持や漏水対策、維持・整備事業や布設工事をするのが業務。視察があるということで庁内の机などは整理整頓されていた。この4月に赴任した所長から説明があり、建物内を視察。また右京まち美化事務所は3年ほど前に移転新築された建物。所長や作業長から説明を受けて建物内を視察。午後の収集に職員が出払っているときで、食堂や休憩室、乾燥室、屋上の駐車場などを視察。多目的ホールに一台ストレッチの器具があったので、委員からこれは何か、という質問も飛び出す。市民に環境・ごみ問題を知ってもらう場所として会議室の活用など考えないかんね。4時半ごろ市役所に帰る。
 夜、事務所で明日の委員会で質疑をするべく資料を読みながら質問メモ作り。


●4月13日(日)
 日曜日の昼過ぎ、相談ごと1件。とある会社で社員からパート待遇の時間給になり、社会保険もなくなって生活も困窮し体調不良でどうすればいいだろうかという相談。しばし懇談。福祉事務所に行って相談するようにアドバイス。
 午後は、この5月に来日が予定されているキューバの革命家のチェ・ゲバラの娘のアレイダ・ゲバラさんを京都に招く準備会。アレイダさんは、医師として活動されていて、神戸や大阪でも講演会など予定されている。かってキューバに行ったことのある友人等が集まり、京都でもシンポジウムや交流会を企画できないか相談。キューバの医療や農業のことなど脚光を浴びつつある。さて、前向きに準備してみようか。
 夕方、京都市動物園で飼育係としてがんばってこられた高橋鉄雄さんが来所。彼の動物写真展を4月下旬からカルチャーガーデン「吉田之森」で開催する予定なのでその打ち合わせ。京都の動物園もがんばっているよ。お楽しみに。


●4月12日(土)
 午前中、土方仕事というのは、ちょっと大げさだが、吉田山山腹を上る道路の穴こぼを埋めるべく近所の人とスプレーを吹き付けて簡易舗装材を掘り込む作業。市道に認定されていないところなのでこういう方法しかないのだ。4年に一度ぐらい作業をしている。左京土木事務所さん、なんとかならんかな!
 昼、環境市民団体グリーンアクションのアイリーン・スミスさんが来所。久しぶりや。4月26日(土)の夕方、ハートピアで「脱温暖化社会―G8に向けて日本は何をするべきか?」という講演会をするということで、市会議員や京都市に広報をしたいということで相談に。アイリーンが京都に住み始めたのはもう30年ほど前かな?スリーマイルやチェルノブイリの原発事故のことや環境問題に長年取組んできている、志を持続している友人のひとり。色々とアドバイスをする。
 夕方は、経糸の会の集まり。この6月28日(土)に京都会館で加藤登紀子さんを招いて2年ぶりに「ヒューマンふれあいコンサート」を開催するということで実行委員会。およそ50人のボランティアメンバーが集まる。説明の後、「百万本のバラ」を手話で唄うべく練習をする。難しいなあ。2年前には運営委員として永岡正美さんがおられたが、京都市の不祥事問題を担当する服務監として過労で不慮の死をとげられたことが口惜しい。親しいメンバーと彼がよく通っていたという「サントロペ」というシャンソンバーで思い出話も。


●4月11日(金)
 午前中、日本南画院展表彰式に。昨年の夏まで事務所を構えていたマンションの前の部屋が南画院の事務所で、理事長の町田泰宣先生と親しくなった。墨で描く絵はダイナミック。東京などからも多くの同人が集まり、文科大臣賞をはじめ京都府知事賞や読売新聞社賞が授与される。ぼくは京都市教育長と代理で手渡す役でした。
 午後は、2月9日に亡くなった中野進さんを偲ぶ会。中野進先生は医師で四条病院などを設立、地域医療に貢献された。1989年だったか、今川市政のあとの京都市長選挙で、当時、ぼくが属していた社会党は中野進先生を市長候補に擁立、田邊、城守、木村と4人の有力候補が立ち激しい選挙戦を闘った。確か7万票ほどで届かなかった。随分迷惑をおかけしたのではないかと思っている。それ以来親しくなってぼくの集まりにも時たま来ていただいていた。医療関係者をはじめ千人を超える多くの人が献花された。ご冥福をお祈りいたします。
 夕方、寺町三条上がるにリニュアルオープンしたギャラリー「ヒルゲート」を尋ねる。オーナーの人見ジュン子さんとは同志社の同世代。町家を改造して2階をカフエェにしてくつろぎの場所にした。庭も整備して、ええ感じや。


●4月10日(木)
 午前10時から議員会。18年度の政務調査費について住民監査請求が行われることになった。市会事務局の担当者から監査請求の趣旨や論点などの説明がある。領収書類などの不備がないように再度点検をしなくてはならないし、事務的に煩雑な作業になるな。また監査委員から聴取もあるらしい。京都府議会では、不適切な支出があったということで返還をしているが、さて京都市会はどういう判断が下されるのか。
 夕方は、市長選挙のときの門川選挙事務所の正副事務長が集まり反省会。あれからほぼ2ヶ月、わが「ひとくち日記」を打ち出し読み直してみるが、雪ばかりが降っていて寒い選挙だった。ほんまに疲れた選挙だったよ。


●4月9日(水)
 わが母校鴨沂高校の入学式に同窓会会長として出席。ぼくらのときと同じ古ぼけた校舎の3階の講堂で220人、6クラスの生徒が入学。京都で唯一制服のない学校なのでほとんどが普段どうりの服装、なかには茶髪もいたが男子はジーパンが多く、女子は色とりどりの服装だが、それなりに厳粛に執り行われる。在校生の生徒自治会会長が「誇りと自覚を持って」と挨拶したのが印象的。ぼくが入学したのは1964年(昭和39年)、44年前かな。14クラスだった。
 午後は、八条口にある水道局に。労組の役員や西村京三新管理者らと懇談。その後、左京土木事務所にとある道路の穴こぼを埋めるために簡易舗装のアスファルトを取りに行く。事務所には、とある医療機関の方が、国保の検診の指定になったということで挨拶に、また前原事務所の井上所長が国政報告会のことで相談に。さらに京都市の外郭団体である埋蔵文化財研究所の労組の役員が研究所の経営状況について説明に。いちど議員団で視察に行こう。


●4月8日(火)
 悪夢の38票差で次点落選からちょうど1年。茫然自失。その後、幸運にも繰り上げ当選、ほんまに波乱の1年だった。神のご加護に感謝。初心に戻ってがんばるぞ!
 福祉工房P&Pに印刷をお願いしていた3月7日の本会議での質問と答弁の要旨がようやく鈴木マサホ議員レポートとしてパンフレットになった。これからみなさんに読んでもらうべく発送作業や報告にまわります。ぜひご意見をお聞かせください。
 過日、若い新聞記者から同和行政の経過を知りたいと言われていたので、午前中は、ぼくの本会議での発言議事録や藤田敬一さんが編集している「こぺる」を再読。我ながらよく書いたものだ、と思っている。94年5月市会で初めて部落問題と京都市の同和行政について真っ向から取り上げ、またこの3月市会で引用したが、96年5月市会でさらに踏み込んで問題点を指摘した。京都市会のホームページで検索するなり、もちろん活字に残してもある。ぜひ読んでほしい。
 相談ごとは、道路明示について。市道として認定されている道路に一部私有地が存在していてその処理をどうするか、担当者と関係者が協議。色々な相談ごとがあるよね。
 それから遅くなったが、鈴木マサホ後援会の収支報告を京都府の選挙管理委員会に持参する。府庁のしだれ桜が見事だった。


●4月7日(月)
 昨日のポカポカ陽気は去り、雨が降って肌寒い1日。新年度になって初めての経済総務委員会が開催。ぼくは副委員長席に座る。この4月から財政総務委員会の名前が経済総務委員会に名称されたがこの委員会に所属するのは久しぶり。会計室、選挙管理委員会、監査事務局、人事委員会、総合企画局、総務局、理財局、産業観光局と順番に部長級以上の理事者紹介と事務事業概要が説明されて多少の質疑。
 ぼくは、理財局に挙手して、国会における道路特定財源、暫定税率の期限切れの影響がどうなっているのか、質疑に立つ。この4月に総務省から赴任した若い部長、まずはお手合わせ。民主党がいうところの道路特定財源の一般財源化は当然としても地方自治体はもうたいへん。とりわけ、京都市は5月市会に向けて肉付け補正予算が編成されているところだが、答弁によると106億円の穴ができるという。理財当局も頭の痛いところだ。なお産業観光局からは全国和装産地市町村協議会のことの説明もあった。
 夕方は、事務所にて今後の活動をどうするか、会長と幹事長と打ち合わせ。


●4月6日(日)
 桜満開!午前10時から大豊神社のお旅所のところで哲学の道・散策のつどいの開会式が開かれる。疏水・白川を美しくする会と哲学の道保勝会のみなさんが実行委員会。今年で35回目だそうだが、これだけ好天に恵まれ見事に桜が満開になるのは稀らしい。女性会の方のお抹茶をいただく。多くの観光客がそぞろ歩き。

 それから洛北は市原野へ。川島織物の前の広場には、桃が花盛り。芝生では玄武の会の春のつどいが賑やかに開催されていた。「玄武」とは、風水思想にいう四神相応の神<青竜・白虎・朱雀・玄武>のひとつで想像上の動物とされ京都の北部の守り神だそうだ。ゆとりと潤いのある自然と社会の環境を醸成し望ましい人間環境の創造に寄与しようとする願いを込めて故事にちなみ<玄武>を名称を付けられた。市原、鞍馬、静原、貴船などの地域の自然の心にふれる人の輪を大きく広げて行きたいという願いが込められているそうだ。舞台ではフラダンスが踊られ、ポカポカと春風が気持ちいい。地元の役員さんたちと歓談しながら、ひと時を過ごす。

 午後は、鴨沂高校山岳部時代の先輩で同志社時代も親しかった亘大二郎さんの一周忌の集まり。ちょうど1年前、選挙戦の最中、お兄さんの元毎日新聞記者の亘英太郎さんの家の前を通ったときにお邪魔したら大二郎さんが帰京中、出会えた。いや、久しぶりやね、と声をかけさせたもらったが、そのときすでに病魔に侵されていた。その1週間ほど後に他界。ちょうど60歳だった。納骨が終わって、ご家族や親戚の方、そして友人が集い献杯。大学卒業後、広告会社に勤務し福岡での生活が長かった。ちょっと早いよ。心よりご冥福をお祈りします。


●4月5日(土)
 朝8時前に国際会館に。ライオンズクラブ335C-地区の年次大会。わが高野川ライオンズクラブも準ホストクラブということで救護・警備ということで参加。午前中は特にすることもないので桜満開の宝ヶ池を散歩。春風に吹かれて気分よし。来賓は山田知事と門川市長。市長の挨拶はイマイチやな。平和ポスターの優秀作品の児童等に表彰状が手渡された。奈良や滋賀からも多くの参加者。ぼくは途中で抜ける。

 夕方は梶宏さんの出版記念会。梶さんは、市役所OBで月刊「きょうの論談」に自分史として京都市政の変遷を絡ませながら「京都に生きて、京都を愛して」と題して連載されてきたものを「京都市政 私史」(宮帯出版社刊)として出版された。
 梶さんは鴨沂高校の大先輩で5期生。ぼくは19期生。その本によると1976年に木屋町の酒場「チボーの家」で出会ったということになっている。ぼくは3回目の挑戦で1987年に市会議員に初当選したが、大田光子議員の後継者ということで梶さんには社会党推薦に大きな尽力をしていただいた。それからの長い付き合い。「マサホ議員実現のいきさつ」という章もあり照れるよ。
 梶さんのパートナーは寿美子さん。視覚障害者でありながらタフな女性で彼女の琴の演奏で始まった会には、門川市長、桝本前市長、四方綾部市長、国会議員では伊吹、穀田、泉、二之湯議員、田渕府会議員をはじめわが民主党の議員団の面々、そして市労連の書記長だったこともあり労働界の人や市職員等、そして介護保険にかかわる会の主宰者でもあるので福祉関係者など多彩な顔ぶれが揃う。ぼくは司会の補助役。春の宵を楽しく過ごした。京都市政の歴史としてもなかなか読み応えがある。ぜひ読んでみてや!


●4月4日(金)
 午前中、事務所には吉田幼稚園の関係者が現在園舎が改築中で工事に関わることなど相談ごとで来所。むつかしい問題だな。
 午後は、京都観世会の能楽師吉田篤史さんが来所。カミさんが謡曲を教えてもらっているが、7月に「面白能楽館―能姿―源氏物語絵巻」を企画しているということで京都市からの後援のことなど、いかに能楽を市民に広めるか熱い思いを語る。

 夕方は、京都日韓親善協会設立準備会。昨秋、朝鮮通信使再現パレードが成功したことを受けて再建の機運が盛り上がってきたのだ。理事長は二之湯参議院議員。ぼくは政党は違えど二之湯議員とは同期で市会議員になったこともあり親しいし、韓国民団京都府本部のみなさんとも付き合いがあるので理事を仰せつかった。規約などが検討されてこの6月には結成総会が開かれることになった。


●4月3日(木)
 朝、事務所に9時前に出てきてメールをチェックするのが日課。神戸の友人からキューバの革命家、チェ・ゲバラの娘、アレイダ・ゲバラさんがこの5月に日本にやってくると聞いていたが、ようやくその企画書などの資料が添付されてきた。5月20日には大阪でイベントが計画されているが、京都でも21日に彼女を囲む会でもできないかということ。
 ぼくがサトウキビ刈りのボランティアでキューバに行ったのは1970年、はるか38年前。ゲバラがボリビアで殺害されたのが1967年のこと。われら全共闘世代のヒーローだった。京大時計台にもゲバラの絵が描かれていた。キューバのいたるとこで「チェのように」と書かれたスローガンが溢れていた。4年ほど前にぼくらを世話してくれたメンバーがキューバから京都を訪れ再会を果たしたが、ぜひ今回も友人等と相談して彼女を囲む会を実現させたいな。

 夕方、時間があったので大津は唐崎に。同志社の総合政策科学研究科の1期生で同窓会「総政会」を立ち上げ初代会長だった故林馨さん宅を訪問。林さんは1昨年秋に病に倒れ急逝された。つい先日出版した10周年記念誌を持参し、霊前にご報告していただくよう娘さんにお願いをする。心よりご冥福をお祈りいたします。

 夜、テレビの「ニュース23」を見ていると「4月危機値上げラッシュでの裏で消え去る業者ぼ悲鳴クライシス」という特集でわが左京区は前原事務所の裏にある修学院プラザの豆腐屋「藤利」の出畑さんの様子が画面に流れた。豆腐一筋で40年近く、78歳。ぼくは、相談ごとを受けたこともあって、10年以上の近い付き合い。近所の女の子から手紙をもらわれた出畑さんの眼から涙。3月31日に閉店される直前にお伺いし、テレビ取材があったことをお聞きしていたが、あの美味しい豆腐が食べられなくなるのはほんまに残念。長い間お疲れさんでした。


●4月2日(水)
 久しぶりに吉田山を越えて歯医者に行く。舞鶴は吉田地区の瑠璃寺から4年前に里帰り、移植された大元宮の前のしだれ桜が咲き、真如堂の桜も満開。歯医者の帰途、銀閣寺の哲学の道の桜は今が盛り、観光客で大賑わい。春ですね!去年の今頃は選挙の最中だったなあ!
 ランチタイムは、わが地元の吉田は京大会館近くは赤マント跡に昨秋開店したカフエ「ガト」で同志社大学院総合政策科学研究科の同窓生と昼飯。煮込みハンバーグが美味しかったよ。マスター夫妻は友人。ええ店や!がんばって。
 その後は、事務所に篭もって資料を読んだり、事務仕事をこなす。時折、異動になった職員さんが挨拶に来訪。辞令一枚で別の仕事につくのもたいへんやろな。午後11時ごろ帰宅してプロ野球ニュース。春の椿事か!阪神と楽天は強いやないの!今年は優勝や!巨人はどうしたのや。


●4月1日(火)
 「ちょっと寒いけれど春爛漫。桜満開。今日から4月、気分一新、丸坊主になりました」と、ホームページのトップに書き込んだ。で、とあるところに電話をしたら、「マサホセンセイ、丸坊主になったんですか?」「そうや気分一新、プロレスラーの武藤敬司みたいやで」とにんまり。わははは。今日はエイプリルフールだよ!
 ともあれ、新年度が始まる。道路特定財源の暫定税率が期限切れになりガソリンが値下げ!消費者は大喜びで、参議院で民主党が過半数を占めているからこうなったのだが、わが京都市の道路事業にどういう影響を及ぼすのか調べないかんね。
 2、3日前から多少耳に入っていたが、京都市の人事異動が発表された。門川新体制の下で、未来の京都まちづくりマニフェストの第一歩を踏み出す為に、市民と行政の共汗による仕組みを作るために理事とプロジェクトチームを設置、また「歩くまち京都推進室」と交通政策監を新たに設置し元気者の水田前伏見区長を抜擢した。また交通局には葛西前総合企画局長が、上下水道局には西村前保健福祉局長がそれぞれ管理者に、また地球環境政策監には大島前都市計画局長が就任。新風を吹かしてや。退職者は市会でお世話になった石田達市会事務局長や折坂消防局長等。団塊の世代昭和22年組が去る。第二の職場でがんばってください。事務所には退職や異動になった理事者がぼつぼつと挨拶に来られる。
 午後は、相談ごと2件。ひとりは、新景観政策の景観創生条例について。左京区は比叡山麓の上高野で家を新築しようとしたら、円通寺からの眺望景観を阻害するいうことで規制に引っかかり家が建てられないという。新景観政策に納得していても個別には矛盾を大いに感じるということ。いちど担当者と議論をしてみよう。もうひとりは、認知症の親の施設の継続入所について相談を受ける。おくさんの出産を控えてたいへんそうだ。当該の福祉法人に知り合いがいるので当たってみよう、と約束。



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